「わたしの知らない子どもたち」西川美和監督

 カナダのトロント国際映画祭には一度だけ行ったことがある。映画ジャーナリズムをかじりに1997年4月から1年半、社内留学制度で米ロサンゼルスに居住していたときで、暇に飽かせてはちょくちょく北米各地の映画祭に足を運んでいた。毎年9月に開かれるトロントは、ハリウッド大作のワールドプレミアなど国際的に注目の新作がラインアップを彩る北米最大の映画祭で、渡米前からぜひともその雰囲気を味わいたいと思っていた。

 何せもう29年も前のことで、しかも初日の9月4日から3日間しか体験していない。あまり記憶も定かではないけれど、当時のメモを繰ってみると、ウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」(1997年)を午後9時半から、ジョン・セイルズ監督の「メン・ウィズ・ガンズ」(1997年)を同10時40分からと、かなり深夜まで鑑賞していたことになっている。

 作品以上に鮮明に覚えているのは、映画祭のチケットを購入するときの長蛇の列だ。トロントに到着した初日前日にチケットセンターに向かったが、午後2時から並んで窓口にたどり着いたのは4時を過ぎていた。遅々として進まぬ人の波に、でも地元民が大半と思しき映画ファンは不平不満を漏らすでもなく、わいわいおしゃべりをしながら楽しそうに並んでいる。映画祭は待って見るのが当たり前、という文化が根付いているような気がした。

 もう一つこの映画祭の大きな特徴は、最高賞を争うコンペティション部門がないということだ。どの作品が何賞を獲得するかという関心ではなく、観客は純粋に映画を楽しむという目的だけで会場に詰めかけていて、これぞ映画祭の神髄じゃないかと得心した。もっともその後、2015年に作家性の強い作品を対象にした「プラットフォーム」という部門が誕生し、これはコンペティションを伴っている。そして今年2026年、その栄えあるオープニングを飾ったのが、西川美和監督の「わたしの知らない子どもたち」だった。

 映画の時代背景は、日本が戦争に負けた直後の1945年。12歳の茅野琴子(小八重葵美)は、音楽家だった父親ら家族と愛にあふれる幸せな暮らしを送っていたが、戦争で全てを失う。たった一人で東京に残された琴子は、少女として生きていくにはさまざまな危険が待ち受けていることに気づき、男の子を装うことを決意。やがて新谷将吉(羽山由一郎)ら浮浪児の少年たちと出会った琴子は、「吉田茂男」と名乗って仲間に加わるが……。

 物語は戦災孤児や闇市など当時の世相をふんだんに盛り込みながら、琴子の生き抜くためのすさまじい日々を描くとともに、彼女を独りぼっちにしてしまったことへの自責の念に駆られる小学校の担任教師、曽根文美子(二階堂ふみ)の、これまた壮絶な道のりをかぶせてゆく。とにかく琴子が出会うのは、まだ戦時中の疎開先で楽しそうにピアノを弾いている彼女の髪の毛をつかんで引きずり倒す同級生をはじめとして、琴子に対して容赦ない人たちばかりというのが何ともやるせない。琴子たちが収容された離れ小島の施設に慰問に訪れた婦人警官など、表向きは孤児に対して同情しているかに見えて、でも本性は見下しているというのは、何も時代のせいばかりではないだろう。

 そんな中で、唯一と言ってもいい理解者に田中裕子演じる漁師の妻、けいがいる。彼女が琴子を前にぼそっと語る「子どもは福の神。大事にしない国は滅びる」というせりふは、けだし時代を超えた真実だろう。すでに戦後80年を超えたというのに、いまだにこの国は子どものことをちっとも大事にしておらず、大人のコントロールしやすい型にはめようとして個性を押しつぶす。でも子どもは子どもなりに一人一人、精いっぱいの生を生きようとしているのではないか。生きづらいのは決して少女だけではない。シングルマザーとして乳飲み子を抱えた曽根先生をはじめとして、大人の女性も時代に関係なく社会の障害は大きい。そういった怒りにも似た激情が、スクリーンの端々からにじみ出ているように感じた。

 こうした作り手の思いを裏打ちしているのが、戦後の風景を完璧なまでに再現した映像表現の数々だ。ヤクザが跋扈する闇市に昼なお暗いガード下、さらには田舎の海岸線を走る蒸気機関車など、隙がないくらいに物語世界にいざなってくれる。衣装や音声の再現度も見事だが、何よりも見応えがあるのが、およそ500人の中からオーディションで選ばれたという琴子を演じた小八重葵美のなりきりぶりだ。

 楽しそうにピアノを弾く冒頭から一転、男の子として生きる決心をしてからはまさに別人と言ってもいいくらいの変貌で、登場人物と同様にこちらも女の子とは気がつかなかったほど。涙の表情なんかびっくりするくらい胸に突き刺さるし、よくここまでの新星を見つけてきたものだと感動する。

 ほかにも安定の二階堂ふみはもとより、役所広司、田中裕子、岡田准一、吉田羊といった芸達者な面々がその人物を生き切っているし、浮浪児たちもそれぞれキャラクターが立っていていい味を出している。リーダー格の将吉のいじらしさは、絶望の中にちらっと光が差し込んでくるみたいで、ほっと安心するんだよね。いつも社会性を盛り込んだ骨太の娯楽作で定評の西川監督だけど、またまた社会の在り方について考えさせられつつ大いに楽しませてもらった。(藤井克郎)

 2026年10月16日(金)、全国公開。

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

西川美和監督「わたしの知らない子どもたち」から。戦後、琴子(左、小八重葵美)と曽根先生(二階堂ふみ)は…… ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

西川美和監督「わたしの知らない子どもたち」から。闇市をねぐらに浮浪児たちは…… ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.