「聖なる犯罪者」ヤン・コマサ監督

 日本ほど世界各地の多様な映画を大きなスクリーンで楽しめる国はないのではないか。劇場公開される作品数も多いけれど、ある国や地域に特化して最新作から隠れた名作までを取りそろえた映画祭が、そこかしこで開かれている。有名どころでは、フランス映画祭やイタリア映画祭は毎年、俳優や監督らが大デレゲーションを組んで来日し、お国の映画文化をこれでもかと見せつけてくれるし、ほかにもフィンランド映画祭、ジョージア映画祭、日本セルビア映画祭、ラテンビート映画祭(中南米)などなど枚挙にいとまがない。

 そんな一つに、2012年から毎年11月に開かれているポーランド映画祭がある。「出発」(1967年)や「イレブン・ミニッツ」(2015年)などの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督が第1回から監修を務めていて、毎年のように来日してはポーランド映画の魅力を日本の観客に語りかける。2019年の第8回のときは新旧3つのプログラムを見たが、ロマン・ポランスキー監督の初期の短編をポーランドから来日した2人組ユニット、シャザの生演奏付きで上映するイベントなど、大満足のひとときを過ごすことができた。

 昨年の2020年は、新型コロナウイルスの影響で残念ながら来日ゲストはかなわなかったものの、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の10話からなる連作集「デカローグ」(1989~90年)のHDリマスター版をはじめ、意欲的なプログラムが組まれていた。そんな中で「ポーリッシュ・シネマ・ナウ!」として選び抜かれた最新の1本だったのが、アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた「聖なる犯罪者」だ。

 映画は実話に基づいているらしいが、どこまで事実を反映しているのか。とにかく社会性に加えて娯楽の要素もたっぷりで、思いっきり刺激的な作品になっていた。

 ダニエル(バルトシュ・ビィエレニア)は殺人の罪で少年院に服役している青年だが、ミサのために訪れるトマシュ神父の信頼も厚い熱心なカトリック信者だった。将来は神父になりたいと願うが、犯罪歴があると神学校には進めない。不満を胸に秘めて仮退院の日を迎えたダニエルは、小さな村の外れにある斡旋先の製材所を目指す。だが、村の教会に立ち寄った彼は、地元の少女、マルタ(エリーザ・リチェムブル)から正体を尋ねられ、思わず「神父だ」と嘘をつく。

 こうしてダニエルは「トマシュ神父」と名乗り、この村で司祭の代理を務めることになる。果たして偽神父はどこまで嘘をつき通すことができるのか。といった興味に加えて、この映画にはもう一つ大きな謎が横たわっている。実はこの村では1年前、7人が死亡する交通事故があり、その事故現場には今も献花が途切れることがない。だが花が手向けられるのは7人の犠牲者のうち同じ車に乗っていた6人の若者に対してで、衝突したもう1台の運転手は6人の命を奪ったとして、葬儀も挙げてもらえないままだった。

 この2つのサスペンスがもつれるようにして進行し、見ているこっちもハラハラドキドキ感が倍加する。ダニエルは身分がいつばれるかびくびくしているはずなのに、この自動車事故のことが気になって首を突っ込んでいく。どうして運転手は忌み嫌われているのか。6人の若者に何があったのか。まさに犯罪者が探偵をやっているようなもので、そこにカトリックのしきたりや閉鎖的な村社会の常識などが絡み、映画は極めて複雑な重層構造を紡いでいく。

 ヤン・コマサ監督は、前作の「リベリオン ワルシャワ大攻防戦」(2014年)が国内で大評判を取った気鋭の映画作家で、この「聖なる犯罪者」でも娯楽の要素をふんだんにちりばめながら、カトリックやポーランド社会の闇に鋭く斬り込む。閉塞感に満ちた社会を変えるには常識を逸脱した変革者が必要だが、その変革者も結局は宗教や法の網の目にがんじがらめにされてしまう。こうして行きつく先に待っているものとは――。そんな壮大なテーマも感じさせて、1981年生まれのコマサ監督の研ぎ澄まされた映像言語に酔いしれた。

 そう言えば画面も徹底して重く沈んだタッチだし、ミステリー仕立ての娯楽作品にしてはちっともスッキリしないというのも独特の感性かも。ポーランド映画祭にもいつか新たな作品を引っ提げて来日してほしいものだ。(藤井克郎)

 2021年1月15日(金)から、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷WHITE CINE QUINTOなどで順次公開。

© 2019 Aurum Film Bodzak Hickinbotham SPJ.- WFSWalter Film Studio Sp.z o.o.- Wojewódzki Dom Kultury W Rzeszowie – ITI Neovision S.A.- Les Contes Modernes

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