「霧幻鉄道 只見線を300日撮る男」安孫子亘監督

 福島県の奥会津には、ちょっとした縁がある。夕刊フジに入社して間もなくの35年ほど前、先輩記者の取材がきっかけで、若手連中で連れ立ってしばしば只見町を訪れていた。スキーだったりテニスだったり、まあ遊びが目的だったんだけど、今から思えば交通の便の悪い山深い秘境の地まで、よく何度も足を運んだものだ。

 実はこの町の只見木材加工協同組合(略称・たもかく)がユニークな取り組みをしていて、全国からの出資金を元手に周辺の山林を買い取り、あるがままの姿を保つ手作りのリゾート開発を図っていた。当時はバブルの絶頂期で、乱開発に疑問を投げかけるナショナルトラストならぬナチュラルトラスト運動として注目され、先輩もその事業のことを取材していた。山林の共同所有権として株式を発行し、購入することで山を守ると同時に入会地を利用できるというもので、当方も勧められて15株ほど所有している。1990年を最後に足が遠のいているが、「わが山林」はさて、どんな姿になっているのだろうか。

 訪ねてみたいとは思うものの、東京から行くには一苦労どころか、二苦労、三苦労もする。浅草から東武鉄道の特急で会津鉄道の会津田島駅まで行ってタクシーに乗るか、あるいは上越新幹線の浦佐駅から上越線、只見線を乗り継いで只見駅で降りるというルートがあるが、この上越線と只見線、同じJRなのに乗り継ぎの便が極めて悪い。東京までの帰路、只見線終点の小出駅から浦佐駅へはたった2駅なのに、小出駅で1時間ほど待たされた記憶がある。もうわざと行きにくくしているとしか思えない。

「霧幻鉄道 只見線を300日撮る男」は、そんなローカル線の中のローカル線をカメラに収め続けるある写真家に迫ったドキュメンタリーだ。いわば奥会津の定点観察だが、単なる一人の男の生き方だけでなく、ここには現在の日本や世界が置かれている状況があぶり出されていて、さらに人間らしく生きること、自然とともに生きること、といった普遍的な真理までもが浮き彫りになっている。

 それには、安孫子亘監督が主人公に据えた星賢孝さんという人物のキャラクターに負うところが大きい。星さんはタイトルにもあるように、1年のうち300日間も只見線を撮っているほどこの鉄道にのめり込んでいるのだが、撮り鉄とは自認していない。列車を撮るのが目的ではなく、只見線が走る奥会津の風景を撮るためにカメラを構えているのだ。

 2011年7月、集中豪雨の影響で只見線の3つの橋梁が流され、鉄道は不通となる。もともと赤字路線だったこともあり、廃線の危機にさらされるが、地域住民の切なる願いで何とか全線復旧を目指すことになった。その決定に多大なる貢献をしたのが、星さんがずっと撮り続けてきた沿線の風景写真であり、そんな星さんの写真に魅了されて奥会津を訪れる全国の鉄道ファンだった。

 映画では、2018年に復旧工事が始まって部分的に開通していく只見線の歩みとともに、星さんが語る奥会津の魅力、さらに星さんが生まれ育った廃村でかつて存在した渡し船を約50年ぶりに復活させ、霧幻峡として観光名所にしようと奮闘する姿など、多角的に捉える。星さんの写真は、毎日撮っているにもかかわらず2つとして同じ風景はなく、四季折々の豊かな表情をたたえる。それは安孫子監督が自ら撮影した映像にも言えることで、水を張った田んぼの中を縫う列車、霧が立ち込める谷を渡る列車、雪が降りしきる山あいを抜ける列車と、ただ美しいという形容でしか言い表せない情景を、時に空撮も駆使して記録する。と同時に、豪雨被害からの復興、裸祭りや雪原の灯籠などの風習、さらに暖冬による雪不足からコロナ禍へとつながる観光の打撃と、再建と挫折を繰り返してきた地域住民一人一人の息遣いがひしひしと伝わってくる。

 そう、ここに描かれているのは紛れもなく日本の原風景であり、奥会津には都会ではとうに忘れ去られた日本が存在していて、でもそれが存続の危機に瀕していることが受け取れる。決して社会性を声高に主張しているわけではないが、画面の裏側にはとても大切なものが潜んでいるような気がして、胸にじーんと響いた。

 只見線は今年2022年の10月1日に、全線の運転が再開される予定だという。これは何としても、只見町の「わが山林」を確かめに行かなくっちゃね。(藤井克郎)

 2022年7月29日(金)から、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺など全国で順次公開。

©ミルフィルム ©星賢孝

ドキュメンタリー映画「霧幻鉄道 只見線を300日撮る男」から。奥会津の魅力を語る星賢孝さん ©ミルフィルム

ドキュメンタリー映画「霧幻鉄道 只見線を300日撮る男」から。星賢孝さんの写真は、奥会津の魅力にあふれている ©星賢孝