「過去負う者」舩橋淳監督

 舩橋淳という監督は、映画業界の適正化を求める運動「action4cinema」の理事を務めたり、吉田喜重監督との共著「まだ見ぬ映画言語に向けて」(作品社)を刊行したりするなど、映画への強い愛着が感じられる映画人だが、作品でも映画の概念を塗り替えるような思い切った意欲作を生み出している。前作の「ある職場」はセクハラを題材に、まるでドキュメンタリーのように役者陣と即興で物語を紡いでいて、こんな映画づくりの仕方があるのかと大いに心を揺さぶられた。

 このとき、監督にインタビュー取材をしたのだが、役者には事前にキーワードだけを伝えておいて、それぞれが腹の底で考えたことをいきなり本番で語り合ってもらい、監督はただカメラを回しているだけという驚きの撮影方法を明かしてくれた。「映画を見た後は相当、悶々とすると思う。それを一緒に見にいった人でも、隣の人でも、話し合ってもらったりしてほしい」と話していたが、新作の「過去負う者」は、その悶々度がさらにパワーアップしている気がする。

 今度のテーマは受刑者の社会復帰だ。刑期を終えて出所してきた人たちの就職を斡旋する情報誌「CHANGE」の編集部では、さまざまな罪を償った元受刑者の相談に乗っていた。

 自転車の高校生をひき逃げで死なせ、殺人と道路交通法違反で懲役10年の刑を受けた田中(辻井拓)は中華料理店で働くものの、なかなかうまく接客ができない。やはり元受刑者の店長、若尾(満園雄太)ともトラブルを起こし、CHANGE編集部の保護司、藤村(久保寺淳)にしょっちゅうたしなめられている。この店では放火の罪で服役していた島(峰あんり)も働いているが、ある日、売上金がなくなっていることが発覚し、田中に嫌疑がかけられる。

 ほかにも準強制わいせつ罪の三隅(田口善央)、覚せい剤取締法違反の森(紀那きりこ)らの社会復帰を手助けしているCHANGE編集部では、心とコミュニケーションの問題を解決すべく、アメリカで行われている演劇による心理療法、ドラマセラピーを提案。編集長の永田(みやたに)の指導の下、田中たちは仕事の合間に稽古に励み、地域の住民を招いた公演に臨むが……。

 この舞台公演の初日の模様が、まさに見る側に悶々を突きつける。詳しく書くことは避けるが、観客の中には田中の事故で犠牲になった高校生の両親ら関係者もいて、みんながみんな元受刑者の社会復帰に肯定的というわけではない。それどころか、公演後の舞台挨拶を受けてそれぞれの観客が打ち明ける感想には厳しい意見が多い。恐らくこの場面は、「ある職場」でも用いたドキュメンタリータッチの即興撮影に違いないが、図らずも現在の日本人が元受刑者に対して抱く本音が凝縮されているように思われる。こうやって人間の本性をえぐり出すなんて、映画って何て奥深いメディアなんだ。

 だが舩橋監督は、絶望だけを提示しておしまいにすることはない。保護司の藤村が元受刑者の田中に片手で目を覆わせ、「目は心の扉だ」と少しずつ開けさせていく場面があるが、人々の心を開いてもらうには、こうやってぎこちないかもしれないけれど、ゆっくりゆっくり一人一人と見つめ合うことが必要だ、ということを暗示しているように感じる。その希望は、果たして映画の観客に伝わるのか。それこそ見終わった後にぜひ、一緒に映画館に行った人と、いや、たまたま隣に座った人とでもいいから話し合ってみてはどうだろう。(藤井克郎)

 2023年10月7日(土)から、東京・ポレポレ東中野など全国で順次公開。

舩橋淳監督作「過去負う者」から。保護司の藤村(右、久保寺淳)は、元受刑者の田中(辻井拓)に粘り強く向き合うが……

舩橋淳監督作「過去負う者」から。元受刑者によるドラマセラピーの舞台の幕が上がる