「バッド・デイ・ドライブ」ニムロッド・アーントル監督

 映画スターの中には全く仕事を選ばないとしか思えないような人がときどきいて、最近だとさしずめニコラス・ケイジなんかがその代表格ではないか。B級映画であろうがZ級映画であろうが、のべつ幕なしに出まくっていて、しかも主役級ばかりと来ている。サービス精神が旺盛なのか、断れない性格なのか、いずれにしてもどんな映画も分け隔てなく大好きなんだろうなという気がする。

 リーアム・ニーソンも負けてはいない。かつてはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた「シンドラーのリスト」(1993年、スティーヴン・スピルバーグ監督)など、渋い演技派のイメージだったのに、当たり役となった「96時間」(2008年、ピエール・モレル監督)シリーズ以降、すっかりアクション俳優の印象が定着してしまった。本人が満足して出ているんだろうからとやかく言うことではないんだけど、年齢も年齢だから何となく痛々しいという感じがしないでもないんだよね。

 そんなリーアムおじさんの101本目となる出演作が「バッド・デイ・ドライブ」だ。それっぽい英単語を並べた濁点だらけの邦題(原題はRetributionで「報復」の意味)といい、「〝最悪〟が加速する――」のキャッチコピーといい、ああ、またか、と思いつつ見てみると、アクション映画と言っても肉体を酷使するわけではなく、B級感も含めてかなり楽しめたというのが正直な感想だ。

 舞台は現代のベルリン。ニーソン演じるマットは金融会社に勤めるビジネスマンで、どうやら投資コンサルタントを業務にしているらしい。

 この日の朝、同僚のアンダース(マシュー・モディーン)からの急な依頼で、通勤の車の中で大事な取引先に電話をかけなくてはならなくなったマットだが、妻のヘザー(エンベス・デイヴィッツ)からは、子どもたちを学校に送っていく約束だったはず、とくぎを刺される。子どもたちとはあまりうまくいっておらず、無理やりザック(ジャック・チャンピオン)とエミリー(リリー・アスペル)の兄妹を後部座席に押し込み、何とか運転しながら仕事を片付けたそのとき、コンソールボックスに入っていた誰のものかわからない携帯に非通知の着信が入る。「座席の下に爆弾を仕掛けた。言うことを聞かないと爆破する。子どもたちを降ろすのも、警察に通報するのもだめだ」という脅迫電話だった。

 犯人は誰で、目的は何なのか。91分の上映時間中、観客はニーソンが運転する車から一歩も離れることなく、はらはらどきどきのサスペンスを体験することになる。降りると爆発するのだから、ニーソンは常に運転席に座ったままでいなければならない。殴ったり蹴ったり走ったりといったフィジカルなアクションは封印される。代わりにベルリンの街中を、何台もの警察車両とカーチェイスをしながら駆け抜けるのだが、何せこちらは普通の金融マンだし、ごく一般的なベンツのSUV車だし、本格的なカーアクション映画とは違って派手なスポーツカーが次から次へと惜しげもなく投入されるわけではない。アクションはそこそこ、爆破シーンもそこそこ、家族の絆もそこそこ、といったちょっぴり緩いさじ加減が、この作品の味わいなのかもしれない。

 プレス資料に目を凝らすと、原作映画に「暴走車 ランナウェイ・カー」とある。2015年製作のスペイン映画で、ダニー・デ・ラ・トレ監督、ルイス・トサル主演のようだが、残念ながらこの映画のことは知らなかった。ちなみに今度の「バッド・デイ・ドライブ」を手がけたのはロサンゼルス出身のハンガリー系アメリカ人、ニムロッド・アーントル監督で、「モーテル」(2007年)、「アーマード 武装地帯」(2009年)、「プレデターズ」(2010年)といった監督作があるが、うーん、やっぱりどれも見ていないや。

 車の中だけでドラマが進行するというアイデアは、トム・ハーディが一人で演じ切った「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」(2015年、スティーヴン・ナイト監督)などほかにもあるし、背後に国家的な陰謀とか地球規模の組織が絡んでいるといったスケール感があるわけでもない。主人公はただ必死になってわが子を守ろうとするだけで、決して体を張らずに緊迫感をみなぎらせるというのは、アクション俳優以上に演技派スターたるニーソンだからこそなせる技だろう。緩さの漂う作品に、極上のピリ辛スパイスとなっているのは間違いない。(藤井克郎)

 2023年12月1日(金)、新宿ピカデリーなど全国で公開。

©2022 STUDIOCANAL SAS –TF1 FILMS PRODUCTION SAS, ALL RIGHTS RESERVED.

イギリス映画「バッド・デイ・ドライブ」から。マット(リーアム・ニーソン)は車を運転したまま、のっぴきならない苦境を乗り越えなければならなくなる ©2022 STUDIOCANAL SAS –TF1 FILMS PRODUCTION SAS, ALL RIGHTS RESERVED.

イギリス映画「バッド・デイ・ドライブ」から。マット(リーアム・ニーソン)は車を運転したまま、のっぴきならない苦境を乗り越えなければならなくなる ©2022 STUDIOCANAL SAS –TF1 FILMS PRODUCTION SAS, ALL RIGHTS RESERVED.