「大綱引の恋」佐々部清監督

 佐々部清監督には生前、一度だけお会いしたことがある。2014年の11月、岩手県宮古市で開催の「第3回みやこほっこり映画祭」に取材で訪れたとき、監督作の「六月燈の三姉妹」(2013年)が上映される合間を縫って、地方映画祭の課題についてコメントをいただいた。

 山口県下関市出身の佐々部監督は、地元の「しものせき映画祭」や「海峡映画祭」をはじめ、全国各地の地域密着型映画祭にエールを送ってきた。「赤じゅうたんで着飾った映画祭は嫌いだけど、こういう地域の人たちの情熱でやっているところはできるだけ応援したい」と語っていた佐々部監督は、映画祭に呼ばれると、何とか10年は続けてくださいとお願いしていた。「でも情熱に加えて、それを支える行政やメディアの力も必要で、手作りというだけではなかなか広がらない。それと若い人たちをどうやって引っ張ってくるか。何かいい手だてはないかなと思っているんですけどね」と真剣に悩んでいた姿が印象に残っている。

 地方に肩入れするスタンスは、映画づくりでも変わらなかった。生まれ故郷を舞台にした「チルソクの夏」(2003年)、「カーテンコール」(2004年)、「四日間の奇蹟」(2005年)の下関三部作のほか、鹿児島市が舞台の「六月燈の三姉妹」に群馬県太田市の「群青色の、とおり道」(2015年)、山口県萩市の「八重子のハミング」(2016年)などなど、地域に根差した作品を数多く手がけてきた。

 2020年3月、新作の準備のために下関を訪れた佐々部監督は、31日の朝に宿泊先のホテルで倒れているのが見つかり、そのまま帰らぬ人となる。62歳だった。心ならずも遺作となったのが、やはり地域の文化や風土を色濃く反映させた「大綱引の恋」だった。

 舞台は鹿児島県薩摩川内市。東シナ海に面し、沖合に3つの有人島と無数の無人島からなる甑島列島を抱えるこの町には、慶長年間から420年の歴史を誇る「川内大綱引」という伝統行事がある。町を上方と下方に二分し、両軍合わせておよそ3000人が2時間にわたって大綱を引き合うというもので、合図を送る太鼓隊の中でも「一番太鼓」と呼ばれる役割が一番の花形となっている。

 この町で生まれ育った武志(三浦貴大)は、とび職人の父親(西田聖志郎)の後を継ぐべく修業に励む毎日だが、35歳の今も独身のままで、大綱引でも一番太鼓の大役は担えそうになかった。そんなある日、韓国から甑島に来ている研修医のジヒョン(知英)と知り合う。互いにひかれ合う2人だが、武志には母親(石野真子)や妹(比嘉愛未)に関して、それぞれ深刻な問題が浮上していた。

 ピュアな恋物語に家族の絆、青年の自立、それに日韓の友好と、幅広いテーマをはらみながら、映画はクライマックスの川内大綱引へと向かっていく。それぞれのエピソードがきっちりと丁寧に描き込まれているが、常に根底に流れるのは「誠実に生きる」というテーマだ。佐々部監督が一貫して描いてきた真理であり、最後の作品でも決してぶれることはない。目立ちはしないものの、縁の下でみんなを支えて、地道にこつこつ生きてきた。そんな武志の姿勢は、まるで佐々部監督自身の生き方のようで、すがすがしさと同時にジーンと胸に響く。

 さらに何と言っても見逃せないのが、川内大綱引の大迫力の映像だ。一番太鼓こそ役者が演じているものの、総勢3000人もの地元住民が本番さながらに綱を引き、盛大に太鼓を打ち鳴らす。その激しい闘いの場を、一般の見物客がまた幾重にも取り囲み、声援を送る。

 スコープサイズのワイド画面いっぱいに映り込んだこのスペクタクルは、他に類を見ないインパクトの強さで、それをここまでクリアに、しかも一人一人の表情にまで肉薄して見せ切っているのは、フィクションの映画として撮っているからにほかならない。単なる記録映像だったらカメラの位置も限られるし、何よりも芸術作品としてのプラスアルファがない。佐々部清という映画作家が、長年の経験で培った感性と技術を駆使し、創造性を発揮して織り上げた人間ドラマに盛り込まれているからこその輝きであり、感動なのだ。

 撮影は2019年の秋に行われたが、コロナ禍の今となっては、大綱引の映像はあり得ないほど密すぎる。421年目のはずだった2020年の開催は中止を余儀なくされ、今年9月の422年目も従来のような形でできるかどうかは不明だ。ウィズコロナの新しい生活様式が求められると、あんなに密になる川内大綱引は、今後しばらく実施できない恐れもある。この映画が、かつて存在した伝統文化の貴重な映像資料になる可能性だって否定できない。

 もう一点、劇場公開における関係者の英断にも触れておきたい。2020年10月に鹿児島県で先行公開された後、いよいよ全国という段になって、この4月25日(日)から東京都や大阪府などに3回目の緊急事態宣言が出された。多くの映画が公開延期を決める中、「大綱引の恋」は宣言発令中の4都府県を除いて、予定通り5月7日(金)に初日を迎える。どの映画もまずは東京から、という常識の中、地方をないがしろにしない姿勢は、まさに佐々部監督が生涯にわたって貫いてきたことではないか。そんな監督の思いに応えるべく、この渾身の遺作は何としても映画館で見てほしいと願うばかりだ。(藤井克郎)

 2021年5月7日(金)、全国公開。

Ⓒ2020映画「大綱引の恋」フィルムパートナーズ

佐々部清監督作「大綱引の恋」から。とび職を継ぐ武志(三浦貴大)と韓国からの研修医、ジヒョン(知英)は互いにひかれ合うが…… Ⓒ2020映画「大綱引の恋」フィルムパートナーズ

佐々部清監督作「大綱引の恋」から。クライマックスでは、3000人もの地元住民が参加する川内大綱引が再現される Ⓒ2020映画「大綱引の恋」フィルムパートナーズ