「ターコイズの空の下で」KENTARO監督

 モンゴルには一度だけ行ったことがある。今からちょうど30年前の1991年7月末から8月にかけて、映画のロケ取材のため1週間ほどかの地に滞在した。モンゴルの英雄、チンギス・ハーンの生涯を描く、その名も「チンギス・ハーン」(1992年、ベグズィン・バルジンニャム監督)という作品で、日本企業が多額の資金援助をしていたこともあり、日本のマスコミが大デレゲーションを組んで陣中見舞いに訪れた際の一員だった。

 モンゴルの大平原で約6000頭もの騎馬による合戦シーンを見学したのだが、とにかく現地に着くまでが長かった。北京空港をやっとこさ飛び立ったおんぼろのイリューシン機で首都のウランバートルに到着。そこからバスでロケ地まで移動するんだけど、すぐに見渡す限り何もない平原が広がる光景に出くわす。この辺でロケをすればいいんじゃないかと思いながら、同じような景色の中を走ることおよそ5時間、ようやくロケ隊の一行が見えてきた。聞けば東京23区がすっぽりと入るほど広大な盆地で、軍を動員してかき集められた無数のエキストラが方々に散らばっている。まあ桁違いのスケール感に度肝を抜かれたものだった。

 そんなモンゴルの魅力が、この新作映画「ターコイズの空の下で」でもたっぷりと味わうことができる。監督を務めたKENTAROは、「ラッシュアワー3」(2007年、ブレット・ラトナー監督)など欧米の映画やテレビドラマに出演する国際派俳優で、アーティストとしても活躍している人物だという。今回が初の長編映画だそうだが、映像センスといい国際的視点といい、個性が際立つ巧みな作品に仕上がっていた。

 主人公は、両親を亡くし、実業家の祖父から甘やかされて育ったタケシ(柳楽優弥)。放蕩三昧の毎日を過ごしていたが、ある日、祖父の三郎(麿赤兒)からモンゴルに行くよう命を受ける。戦後、モンゴルで捕虜生活を送っていた三郎が、現地の女性との間にもうけた娘の行方を探してほしいというのだ。旅のお供は、三郎所有の競走馬を盗み出したモンゴル人、アムラ(アムラ・バルジンヤム)。こうして言葉の通じない2人の珍道中が始まった。

 この旅が、まさに当方が「チンギス・ハーン」ロケで体験したのと同じように、行けども行けども似たような風景の中をただただ突き進む。言葉が通じないから会話も少なく、ほとんどサイレント映画のノリなのだが、これがむちゃくちゃ面白い。警察とのカーチェイスでは、映像の速度をちょっとだけ上げて、コミカルな追いかけっこになっているし、新婚カップルと出会ったアムラが花嫁を奪ってフランス料理店で乾杯するといった遊び心満載の展開も楽しい。まさにチャップリンの作品のような、映画の原点に触れたような気がした。

 一方で、撮影監督を務めたオーストラリア出身のアイヴァン・コヴァックによるモンゴルの風景の美しさは筆舌に尽くしがたい。緩やかな丘の稜線に夕日がきらりと光る情景。緑の草原をゆったりと流れる大河。崖の上に立ち尽くす黒い人影。どれもがほれぼれするくらい芸術的で、よくぞこういう風景を映像に収めてくれたものだと感服する。移動式住居のゲルの内部に掲げられた写真やイラストのカットまでもが、まるで一幅の絵のようなたたずまいを醸し出している。

 こんなモンゴルの環境に放り出されて、自堕落なタケシも徐々に変わっていくのだが、演じる柳楽自身、モンゴルに溶け込んでいっているのが見て取れる。だんだん表情が柔らかくなっていって、彼の顔を見ているだけで、大げさではなく地球とか人間の偉大さが伝わってくる気がする。カメラと演者と演出が見事にかみ合った瞬間がスクリーン上に映しだされていると思うと、思わず興奮を覚えた。

 30年前はまだまだ人生経験も浅く、モンゴルで印象に残っていることと言ったら、満天の星空の中で人工衛星を探し当てたくらいだった。もう一度モンゴルを訪れて、今度はぜひこの映画のような奇跡の出会いを体験したいものだ。(藤井克郎)

 2021年2月26日(金)から新宿ピカデリーなどで順次公開。

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日本・モンゴル・フランス合作のKENTARO監督作「ターコイズの空の下で」から © TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS

日本・モンゴル・フランス合作のKENTARO監督作「ターコイズの空の下で」から。モンゴルで祖父の娘を探すことになったタケシ(左、柳楽優弥)とアムラ(アムラ・バルジンヤム)は…… © TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS