「男と女 人生最良の日々」クロード・ルルーシュ監督

 世界に冠たるカンヌ国際映画祭に、一度だけ参加したことがある。2016年5月の第69回のときで、刺激的な作品のワールドプレミアをたっぷりと堪能し、スティーブン・スピルバーグ監督やジム・ジャームッシュ監督、マリオン・コティヤール、エル・ファニングといった名だたる映画人の記者会見を間近で見聞きしたことは、大切な思い出として深く心に刻み込まれている。

 中でも宝物のような体験だったのが、過去の名作を集めたクラシック部門で「男と女」(1966年、クロード・ルルーシュ監督)のデジタルリマスター版を、当時78歳のルルーシュ監督と一緒に鑑賞したことだ。「男と女」は、その年のちょうど50年前にカンヌの最高賞を受賞した名作で、フランシス・レイの有名な♪ダバダバダ……の音楽に乗って、お互いに心に傷を負った男と女の大人の恋がつづられる。

 その日、こぢんまりとしたブニュエルホールに登場したルルーシュ監督は、元気いっぱいに舞台挨拶をこなした後、なんとわが方の2列後ろに着席。上映後、盛大な拍手に満面の笑みで立ち上がって応えていた姿は、今も目に焼き付いて離れない。舞台挨拶はフランス語だったから、残念ながら何を話していたのか全くわからなかったんだけどね。

 このときすでにルルーシュ監督の頭の中には、この新作の企画が浮かんでいたのかどうか。「男と女 人生最良の日々」は、あの燃えるような恋をした2人のおよそ50年後が描かれる。主役の男と女を演じたジャン=ルイ・トランティニャンとアヌーク・エーメが、80歳を過ぎて2人ともいまだ現役というのもすごいが、それぞれの子どもを演じた子役も中年となった同じ役で出演し、さらに企画段階ではまだ存命だったフランシス・レイが新たな曲をつけているというのも驚きだ。

 かつてレーシングドライバーだったジャン・ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は、今は海辺の施設で静かに余生を送っていた。徐々に記憶をなくしていく父親の姿を目にして、息子のアントワーヌは、かつてきらめくような恋をした女性、アンヌ(アヌーク・エーメ)と会わせたいと願う。やがてアンヌの居場所を探し当てるが、アントワーヌの申し出に果たしてアンヌは……。

 ここから先は、もう映画の魔術としか思えないような情景が次から次へと繰り広げられる。老いた2人が車を飛ばして、思い出のドーヴィルの海岸や馬術学校、初めて2人が結ばれたホテルなどをたどる旅。これは夢か、それとも現実なのか。しわだらけのトランティニャンとエーメの2人が、50年前と同じ役をしゃれっ気たっぷりに堂々と演じ切っているのが、何とも粋でかっこいい。

 この新撮映像に重なるように、「男と女」の名シーンがふんだんに差しはさまれ、過去と現在を行ったり来たりする演出がまた心憎い。言ってみれば、昨年末に公開されて評判を呼んだ「男はつらいよ お帰り 寅さん」(山田洋次監督)と同じ発想なのだが、あちら日本版が次世代につなぐという側面があるのに対し、こちらフランス版は完全に2人だけの世界に絞り込む。老人がエンターテインメントを追求して何が悪い、老い何するものぞ、との気骨がひしひしと伝わってくる。現在82歳のルルーシュ監督だが、まだまだ創作意欲が衰えることはなさそうだ。(藤井克郎)

 2020年1月31日から、TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマなど全国順次公開。

© 2019 Les Films 13 – Davis Film – France 2 Cinéma

フランス映画「男と女 人生最良の日々」から、50年後に再会したアンヌ(右、アヌーク・エーメ)とジャン・ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は…… © 2019 Les Films 13 – Davis Film – France 2 Cinéma

フランス映画「男と女 人生最良の日々」から、50年後に再会したアンヌ(右、アヌーク・エーメ)とジャン・ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は…… © 2019 Les Films 13 – Davis Film – France 2 Cinéma