「アナザーラウンド」トマス・ヴィンターベア監督

 新型コロナウイルスによって奪われた楽しみは数々あるが、中でも誰かと酒を酌み交わして語らう時間が消えたのはつらい。東京都に4回目の非常事態宣言が出されてからこのかた、もう2カ月近く飲酒を伴った外食から遠ざかっていて、ただでさえたまりがちなストレスは膨れ上がる一方だ。感染リスクはほかにもいっぱいあるだろうに、どうしてお酒ばかり目の敵にされるのか。

 などとぼやいていたら、北欧デンマークが舞台のお酒をモチーフにした映画「アナザーラウンド」に出合った。それも酒で羽目を外すのを戒めるどころか、失敗も肯定するような人間賛歌のドラマになっていて、大いに溜飲が下がった次第だ。

 高校で歴史を教えているマーティン(マッツ・ミケルセン)は、授業は退屈で生徒の受けが悪く、家庭でも孤立して自分の居場所がなかった。心理学教師のニコライ(マグナス・ミラン)の40歳の誕生日を祝うため、同僚4人でレストランを訪れたが、マーティンは1人、しけた顔で水を飲んでいる。そんなマーティンに向かってニコライが言い放つ。「君に欠けているのは自信と楽しむ気持ちじゃないのか。ノルウェーの哲学者、フィン・スコルドゥールの理論によると、人間は血中アルコール濃度を0.05%に保つことで自信とやる気がみなぎり、人生が楽しくなるんだってよ」と。

 こうして同僚3人を巻き込んで、アルコール濃度0.05%を維持するマーティンの実験が始まる。まあ言ってみれば毎日お酒を飲むってことなんだけど、水筒にこっそり入れて持ち歩き、学校でもちびちびやる。最初はきっちり0.05%を心がけていたものの、もともと酒好きなこともあり、酒量はどんどんエスカレート。職員会議にへろへろになって出席し、ほかの3人にはらはらさせるマーティンだが、歴史の授業は絶好調で、生徒たちの学習意欲もぐんぐん増していく。

 さて行きつく先は、というところで、飲みすぎの怖さを指摘するのかと思いきや、そうならないのがさすがは大酒飲みの北欧流か。映画には、ときどきおねしょをしたり、ごみ溜めで眠りこけたり、数々の酒による失敗も描かれる。取り返しのつかないこともあるけれど、それも含めて一度きりの人生だ、という姿勢が潔い。

 自信が持てないのはマーティンだけではない。体育教師のトミー(トマス・ボー・ラーセン)が指導する少年サッカーチームには、レギュラーになれないメガネくんがいるし、音楽教師のピーター(ラース・ランゼ)は、口頭試験になると緊張してうまく答えられない生徒に手を焼いている。きっかけは何も酒じゃなくたっていい。誰だってちょっとしたことで自信とやる気を得ることは可能だし、そうすれば人生は楽しくなるんだよ。「セレブレーション」(1998年)や「偽りなき者」(2012年)などで知られる名匠、トマス・ヴィンターベア監督のそんな前向きのメッセージが心に染みた。

 ミケルセンをはじめ、4人の教師の酔っぱらい演技も見ものだし、何よりも高校生の飲酒が学校で問題になっているとはいえ、ワルに走るのではなく、卒業に向けて学業に精を出す原動力になっているという展開がすてきだ。そう、決して酒を飲んで騒ぐのって悪いことじゃないもんね。今年2021年の第93回アカデミー賞では、並みいる傑作を抑えて国際長編映画賞に輝いたが、コロナ禍の中、何とも粋な選出をしたもんだ。(藤井克郎)

 2021年9月3日(金)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町など全国で順次公開。

©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.

デンマーク、スウェーデン、オランダ合作「アナザーラウンド」から。高校教師のマーティン(中央、マッツ・ミケルセン)は、酒で自信をつけることで生徒たちの信頼を勝ち得ていく ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.

デンマーク、スウェーデン、オランダ合作「アナザーラウンド」から。トミー(左端、トマス・ボー・ラーセン)が指導するサッカーチームには、プレーに自信のないないメガネ少年がいた ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.