第357夜「DIGGER/ディガー」アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督

 トム・クルーズには、すんでのところで単独インタビューし損ねた経験がある。1986年のこと、「トップガン」(1986年、トニー・スコット監督)なるアクション恋愛映画の主演男優が来日するので取材しませんか、と配給元のUIP映画から打診されたのだ。

 当時は夕刊フジの記者になってまだ2年目で、映画どころか芸能の担当でもなかった。ただ前年の入社直後に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年、ロバート・ゼメキス監督)で主役を演じた当時はまだ無名のマイケル・J・フォックスが初来日した際、映画担当の先輩にインタビュー取材を振られたことがあり、それ以来、ユニバーサル映画とパラマウント映画の配給を手がけていたUIP映画の宣伝マンからちょくちょく若手俳優の来日取材を持ちかけられていた。将来はもしかしたら大物になるやもしれず、スターの若かりしころにインタビューしたなんて自慢できるな、という下心もあって、先輩記者の許可を取ってほいほいと応じていた。

 トム・クルーズのことも、正直よく知らなかった。すでに「卒業白書」(1983年、ポール・ブリックマン監督)で評価されていたようだが、もちろんこの映画は未見だったし、銀座コリドー街とみゆき通りの角にあったUIP映画の試写室で見た「トップガン」も、今一つピンと来なかった。でも20代半ばの若造に断るという選択肢はない。喜んで取材します、と答えたものの、来日は結局、中止になって、トムと相まみえることはかなわなかった。

 その「トップガン」が爆発的なヒットとなり、トムはスターの階段をとんとん拍子に上っていく。6年後の1992年に「遥かなる大地へ」(1992年、ロン・ハワード監督)のプロモーションで初来日を果たすと、その後、何度も何度も日本を訪問。その都度、テレビなどでド派手な来日パフォーマンスを目にしてきたが、残念ながら一度も生でその姿に接する機会には恵まれなかった。

 で今回、新作の「DIGGER/ディガー」を携えてアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督とともに26回目の来日をし、ようやく間近でそのご尊顔を拝むことができた。と言っても、TOHOシネマズ六本木ヒルズの劇場内で行われた記者会見を客席から眺めただけで、あ、サービス精神旺盛で元気いっぱいにしゃべっているな、といった程度の印象だ。日本を再訪することが待ち遠しかったと語るトムは「日本の観客の皆さんは本当に映画を愛してくれて、映画の技法も楽しんでいる。この作品を見たら、絶対に誰かと話をしたくなると思います」と終始にこやかにアピールしていた。

 前置きはそれくらいにして肝心の映画についてだが、さすがは「バベル」(2006年)や「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)など、構造も映像も度肝を抜くような作品を重ねてきたイニャリトゥ監督だけのことはある。世紀の大スター、トムを起用しても、一癖も二癖もある濃密な作品に仕上げてきた。

 主人公はディガーという傲岸不遜な高齢の男性だ。どうやら石油の採掘で巨大な富を築いてきたようで、寿命をはるかに超えた愛猫をめでながら、部下や医者、さらにはアメリカ大統領までどやしつける。だが彼の事業によって地球温暖化が加速し、のっぴきならない事態に追い込まれ……。

 と、ストーリーはもうここまででやめておこう。というのも、試写会に招待してもらった配給元の東和ピクチャーズからはネタバレ厳禁と釘を刺されているし、この作品は事前に全く予備知識のないままに見た方が断然面白い、というか絶対に予備知識なく見るべき映画なのだ。出演者も、トムのほかにパキスタン系イギリス人のリズ・アーメッド、旧東ドイツ出身のザンドラ・ヒュラー、コーエン兄弟作品でおなじみのジョン・グッドマン、ヨルゴス・ランティモス監督作で知られるジェシー・プレモンス、と個性豊かな面々が名を連ねるが、誰がどんな役というのも知らない方がいい。わが方にいたっては、トム主演と聞いていたのになかなか登場しないな、などと中盤まで思っていたくらいだ。

 ただイニャリトゥ監督の類いまれな映像センスは何としても強調したい。気候変動をテーマにしているだけに大惨事の表現はあまりにもリアルで、東日本大震災を想起する人もいるだろうし、驚いたことにはついこの8月に起きたネパールの氷河崩落とそっくりな描写も登場する。さらに世界情勢についてもロシアや中国の批判が飛び出すわ、アメリカ大統領はトランプ並みだわと、風刺を超えて予言とも言える途轍もなさだ。

 この映像表現を巧みに組み込んだ物語の構造もあっと驚くものだし、それに何と言ってもトムの怪演は見逃せない。「ミッション:インポッシブル」シリーズのような体を張ったアクションとはまた一味違ったすごみのある存在感で、何百人もの参加者が取り囲む会議の壇上で熱弁を振るう長回しの場面は、「マグノリア」(1999年、ポール・トーマス・アンダーソン監督)での伝説の名演説シーンを超えたと言ってもいいだろう。トムファン、映画ファンはもとより、地球環境や国際情勢について関心のある人も必見の映画と言って間違いない。(藤井克郎)

 2026年10月9日(金)、全国公開。

© 2026 WBEI and Legendary

アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督のアメリカ、イギリス、メキシコ合作「DIGGER/ディガー」から © 2026 WBEI and Legendary

アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督のアメリカ、イギリス、メキシコ合作「DIGGER/ディガー」から © 2026 WBEI and Legendary

来日記者会見の壇上、ギャルピースで写真撮影に応じるトム・クルーズ(左)とアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督=2026年10月5日、東京都港区(藤井克郎撮影)