「サイゴン・クチュール」グエン・ケイ、チャン・ビュー・ロック監督

 ベトナムがこんなにすごいことになっているとは思わなかった。確かに最近は日本でもベトナム映画を目にする機会は増えているし、2年前に「草原に黄色い花を見つける」のヴィクター・ヴ―監督に取材したときも、「ベトナムの映画産業は急速に発展している」と話していた。https://www.sankei.com/premi…/…/170819/prm1708190001-n1.html

 とはいうものの、その「草原に黄色い花を見つける」にしろ、今年10月に公開された「第三夫人と髪飾り」(アッシュ・メイフェア監督)にしろ、美しいベトナムの自然を背景に、じんわりと心にしみ込んでくるような芸術作品で、なるほどベトナム映画ってこんな感じだよね、というイメージの範囲内のものだった。ところが今度の「サイゴン・クチュール」は、いささか趣を異にする。

 舞台は1969年のサイゴン(現ホーチミン)。主人公のニュイ(ニン・ズーン・ラン・ゴック)は、ベトナムの民族衣装、アオザイを仕立てる老舗店の一人娘だが、最新の60年代ファッションに熱を上げ、アオザイの伝統を守ろうとする母親(ゴ・タイン・バン)と対立していた。ある日、母が仕立てたとっておきのアオザイをこっそり試着してみたニュイは、突然、48年後の未来へとタイムスリップしてしまう。2017年の世界で彼女が見たのは、すっかり荒れ果てた店と、みすぼらしい老女となった自分自身(ホン・ヴァン)だった。

 アオザイというベトナムの伝統文化とタイムスリップものSFの組み合わせがまず意表をつくし、正統派のアオザイに60年代のサイケ調ファッション、現代風にアレンジされたアオザイと、豊かなモードのバリエーションにも驚かされる。中でも2017年のシーンは、服飾業界の人々はみんな都会的でポップなセンスにあふれ、街には高層ビルが林立し、ベンツなどの高級車がバンバン走り回っている。ベトナムにはこれまで一度も行ったことがないが、サイゴンってこんなふうになっているんだと認識を新たにした。

 さらに何よりもびっくりするのが、タイムスリップものでは禁じ手ともいえる自分との対面を、いともあっさりと乗り越えていることだ。最初こそお互い大いに戸惑うが、すぐにその状況になじむどころか、周りの人たちも過去から来た女の子をさらっと普通に受け入れる。SFは単なる味つけでしかなく、映画の主眼はあくまでもベトナム文化の継承と変化なんだ、という作り手の強い思いが見て取れる。この無謀な勢いは、若い力であふれている今のベトナムの象徴なのだろうし、あっけにとられるほどすがすがしい。

 11月には、監督で脚本も手がけたグエン・ケイさんが来日し、インタビューをする機会に恵まれた。詳しくは映画情報サイト「ミニシアターに行こう。」に書いている(http://mini-theater.com/2019/12/20/43470/)が、ベトナムでは今、新たな映画製作スタジオが次々とできていて、映画館の数もどんどん増えているという。「若い人たちは週に1回は映画を見にいく。エンターテインメント業界は、ベトナムでは急成長しているんです」との言葉を如実に物語っているのが、この作品なのかもしれない。(藤井克郎)

 2019年12月21日から、新宿K’s cinemaで公開。

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ベトナム映画「サイゴン・クチュール」から、母親(左、ゴ・タイン・バン)に反発するニュイ(ニン・ズーン・ラン・ゴック)だったが…… © STUDIO68

ベトナム映画「サイゴン・クチュール」から、現代にタイムスリップしてきたニュイ(左、ニン・ズーン・ラン・ゴック)は持ち前のファッションセンスを発揮する © STUDIO68