「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」穐山茉由監督

 この週末は、ゴジラ70周年記念作品「ゴジラ-1.0」(山崎貴監督)が封切られる。かつてゴジラ誕生秘話を連載企画で取材、執筆したことがある身としては、待望のシリーズ最新作だったんだけど、正直なところ、うーん何だかなあ、という印象だった。最先端のVFX技術を駆使した映像はものすごくリアルだし、IMAXの大スクリーンで見たから迫力は十分だったが、「怒り」ばっかりで、第1作で強調されていた「悲しみ」がないんだよね。一つ確信したのは、とにもかくにもゴジラは伊福部昭の音楽に尽きる、ってことかな。

 同じ11月3日公開の日本映画だったら、「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」を強く勧めたい。ストーリーをそのまんまなぞったようなタイトルだし、実際にタイトル通りの展開なんだけど、若者の生き方にも、おっさんの生き方にも、どちらにとってもはっとさせられるような示唆がいっぱい詰まっていて、ああ、いいものを見せてもらったなあ、という気持ちになること請け合いだ。

 原作はSDN48のメンバーだった大木亜希子の実録私小説で、これが長編3作目となる「シノノメ色の週末」(2021年)の穐山茉由監督が、テレビドラマ「コウノドリ」シリーズなどの坪田文の脚本を得て、コメディー色をふんだんに盛り込んで映画化。原作者の大木自身を投影させた主人公の安希子役を元乃木坂46の深川麻衣が演じるというセンスもなかなかだ。

 安希子はアイドルからライターに転身し、自分では充実した毎日を送っているつもりだった。だが30歳を前にして仕事の依頼はほとんどなく、安アパート代の支払いにも事欠く始末。メンタルを診てもらいにいった医者からは「もうちょっとゆっくり話しましょう」と諭されるほど、心の余裕を失っていた。見かねた友人のヒカリ(松浦りょう)が勧めてきたのは、都内の一軒家に一人で住む56歳のサラリーマン、ササポン(井浦新)と家賃3万円で同居することだった。

 こうして赤の他人のおっさんのササポンとの奇妙な同居生活が始まるのだが、このササポンのキャラクターが素晴らしい。ぎらぎらしたところが全くなく、かと言って枯れ切ってもいない。安希子に対しても「適当に」とか「くつろいで」といった最小限の言葉をかけるだけで、おっさんにありがちな説教臭くもなければ、優しく寄り添ってくれるわけでもない。全く詮索しないというか、実に人畜無害なのだ。

 とは言いながら、安希子が独り言のようにつぶやく愚痴や悩みには、決して片手間ではなく正面からきちんと向き合う。そのちょっとしたアドバイスがことごとく斜め上を行っているというか、予想もしないような珠玉の名言ばかりで、安希子だけでなく、映画を見ているこちらの心にもぐさりぐさりと突き刺さる。

 例えば安希子から理想的な死について聞かれたササポンは「軽井沢で雪に埋もれたまま春になって死体が見つかること」だと言う。「それじゃ寂し過ぎる」と安希子に返されると、「死ぬときは誰もが一人きり。後悔できるのは生きている人の特権だ」などと優しく語りかけるところは、思わずぐっと来る名場面だ。

 そんなさりげない助言に対していちいち反応はしないものの、ササポンから受け取った言葉は確実に安希子の糧になっていた、というのがこの映画の肝だろう。どんな人にもササポンのような人生の先輩との何気ない出会いはあるもので、知らず知らずのうちに生きる肥やしになっている。それを素直に受け取れるかどうかで、あなたの生き方は変わってくる、といった緩いメッセージが込められているような気がした。

 安希子を演じた深川のぎすぎすした序盤の雰囲気からいつの間にか穏やかになっている自然な変貌ぶりは見事だし、それに輪をかけてササポン役の井浦の肩ひじ張らないたたずまいには驚くばかりだ。井浦と言えばかなり激しい役もお手の物で、この振り幅の大きさには本当にすごい役者だなと改めて恐れ入った。

 まだ若手の穐山監督も、時系列を巧みに交錯させて、アイドル然とした安希子、やさぐれた安希子、癒やされた安希子を絶妙に表現。さらには花びらや毛虫のアニメーションを実写にかぶせたり、安希子が執筆する文章を壁に浮かび上がらせたりと、映像的な面白みもさりげなく追求する。ササポンがピアノで奏でるショパンの「別れの曲」も、作品のスパイスとしてうまく作用している。

 個人的なことを言うと、穐山監督の長編第1作「月極オトコトモダチ」(2019年)は、新聞社を辞めて最初に見た映画だった。時代の映し鏡のようなすてきな作品だったが、どこにも文章を書く場がなく、だったら自分で設けようと、このサイトを開くきっかけの一つになった。そして今回、ササポンの発言に安希子同様、いやもしかしたら安希子以上に癒やされたかもしれない。改めて穐山監督には感謝の言葉を伝えたい。(藤井克郎)

 2023年11月3日(金)、全国公開。

©2023映画「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」製作委員会

穐山茉由監督作品「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」から。人生のピンチを迎えた安希子(深川麻衣)は…… ©2023映画「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」製作委員会

穐山茉由監督作品「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」から。56歳のサラリーマン、ササポン(井浦新)の一軒家で間借り生活を送ることになった安希子は…… ©2023映画「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」製作委員会