「屋根裏のラジャー」百瀬義行監督

 今年2023年の日本映画で最大の話題と言えば、やっぱり7月に公開された宮﨑駿監督のアニメーション「君たちはどう生きるか」だったのではないか。何しろ長編映画からの引退を撤回して宮﨑監督が10年ぶりに手がけた新作というニュース性に加え、公開まで宣伝はおろか、あらゆる情報を封印していたという異例の戦略に、難解な内容から巻き起こった賛否両論の嵐と、まあかまびすしかった。

 作品自体は、公開直後に割引サービスが充実しているイオンシネマのウルティラスクリーンで見て大いに堪能したが、最も胸に響いたのはエンドクレジットで宮﨑作品を長く支えてきたスタッフの名前が次々と流れたときだ。制作会社のスタジオジブリは、宮﨑監督の引退表明後、2014年にアニメーション制作から撤退し、映画制作部門のスタッフは全員が退職した。そんな元ジブリ映画人が師匠の再挑戦にこぞって参集し、みんなで力を合わせて傑作を作り上げる。何とも麗しい師弟愛を感じずにはいられない。

 クレジットの中にはスタジオポノックの名前もあった。ジブリ作品の「かぐや姫の物語」(2013年、高畑勲監督)や「思い出のマーニー」(2014年、米林宏昌監督)のプロデューサーを務めた西村義明氏が設立した制作会社で、2017年には長編1作目として米林監督の「メアリと魔女の花」を発表。世界150以上の国と地域で上映された。その待望の第2作「屋根裏のラジャー」がいよいよ満を持して劇場にお目見えする。

 小さな本屋を営む母と2人で暮らす少女、アマンダは、冒険好きのラジャーと大の仲良しだった。と言ってもラジャーはアマンダの想像上の友達で、彼女の空想の中で2人一緒に世界中のいろんな場所を旅していた。だがラジャーら想像上の存在であるイマジナリたちは、人間に忘れられるとこの世界から消えていく運命にある。ある日、アマンダと引き離されてしまったラジャーは失意の中、怪しげな猫のジンザンに誘われるようにして街の図書館にたどり着く。そこでは大人になった人間によって忘れ去られたイマジナリたちが身を寄せ合って暮らす世界が広がっていた。

 原作はイギリスの作家、A.F.ハロルドの児童書「ぼくが消えないうちに」で、「火垂るの墓」(1988年、高畑勲監督)の原画担当をはじめ、「おもひでぽろぽろ」(1991年、高畑勲監督)、「千と千尋の神隠し」(2001年、宮﨑駿監督)といったスタジオジブリの多くの作品で中核的な役割を担った百瀬義行監督が手がけた。声のキャストは、ラジャー役を寺田心、アマンダ役を鈴木梨央の天才子役とうたわれた若手実力派2人が務めているほか、安藤サクラ、仲里依紗、杉咲花、山田孝之、高畑淳子、寺尾聰、イッセー尾形といった表現力豊かな芸達者がそろっている。

 何より目を奪われるのは風景の美しさだ。何しろアマンダがラジャーと冒険を繰り広げるのは空想の世界で、作り手の想像力によるところが大きい。どこまでも広がる草原を天上から俯瞰で望む場面などは、濃淡さまざまな緑のグラデーションを猛スピードで移動していったかと思うと、赤や黄色の極彩色の花畑が目に飛び込んできて、とめくるめく映像美が展開する。恐らくイギリスの古い都市をイメージしたアマンダが住むレンガ色の街並みも素朴で味わい深く、さらに図書館につどうイマジナリたちが作り上げるベネチアや長崎・出島を模した情景など、画面の隅々まで気配りがなされていることが伝わるきめ細かさだ。刻々と姿を変えていく背景画を眺めるだけでも、このアニメーション作品を見る価値があるのではないか。

 さらにおびただしい数のイマジナリたちにも作り手の想像性が余すところなく盛り込まれている。人間や動物だけでなく、蓄音機やらメトロノームやら物体をイメージしたイマジナリもいっぱいあって、子どもたちの空想の無限性を見事に表現する。ピンクのカバの「小雪ちゃん」や老犬の「冷蔵庫」、おんぼろロボットの「ドロン」にガイコツの「骨っこガリガリ」といった個性豊かな面々が、時にほほえましく、時にほろ苦く心に響いてくるなんぞは、アニメーションならではのマジックだろう。本当にあらゆるところにイマジナリの世界観が行き届いているということに感心させられる。

 そんな数あるキャラクターの中でもひときわ印象深いのが、ミスター・バンティングという謎の男が連れている長い髪の少女だ。黒い煙とともにいつの間にか忍び寄っている青白い顔は、いい大人の当方から見てもかなり怖い。ちょっと子どもには刺激が強すぎるのではと心配もするが、そういう怖さも含めて子どもたちの想像の世界を表現したかったのだろう。

 バンティングのせりふに「現実の醜さ、悲しさは想像を上回る」といった意味の言葉がある。確かに子どもたちを取り巻く環境は決して温かいだけではなく、いじめや虐待、さらに世界には戦争や飢餓など、長い髪の少女以上の恐怖はごまんと存在する。

 でも、とこの映画はさりげなく訴える。恐怖に打ち勝つには想像力が必要で、想像力があれば愛も友情も取り戻すことができるはずだ、と。その思いは子どもたちだけでなく、想像力が欠如した現代の大人にこそ伝えるべきものなのかもしれないね。(藤井克郎)

 2023年12月15日(金)、全国公開。

© 2023 Ponoc

百瀬義行監督作品「屋根裏のラジャー」から。ラジャーは人間に忘れ去られた想像たちが暮らす「イマジナリの町」にたどり着く © 2023 Ponoc

百瀬義行監督作品「屋根裏のラジャー」から。アマンダ(左)の想像で生まれたラジャーは、2人でいろんな場所に冒険に行くのが大好きだった © 2023 Ponoc