「燃えあがる女性記者たち」リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ監督

 何せ34年間も新聞社に勤めていたものだから、新聞記者が出てくる映画となると、気になって気になって仕方がない。関東大震災がモチーフの話題作「福田村事件」(森達也監督)も、あまたいる登場人物の中で、どうしても木竜麻生演じる新聞記者の描写に目が行く。正義感を抱きながらも上司の命令や時代の空気に逆らえず、無力感にさいなまれるという姿は、権力におもねる現代のマスコミの実情にも重なって、さすがは「A」(1997年)や「i-新聞記者ドキュメント-」(2019年)などのドキュメンタリー作品でメディアのあり方に一石を投じた森監督ならではの視点だなと感じ入った。

 翻って世界には、忖度などどこ吹く風、命の危険もものかは正義のためにひたすら前に突き進む新聞記者もいるということを教えてくれるのが、インドのドキュメンタリー映画「燃えあがる女性記者たち」だ。舞台はインドで最も人口の多い北部のウッタル・プラデーシュ州。2002年に州内のチトラクート地区で創刊された週刊新聞「カバル・ラハリヤ」は、インドの身分制度であるカーストの最下層のさらに下、不可触民と位置づけられるダリトの女性たちの手によってスタートを切った。紙名のカバル・ラハリヤとは「ニュースの波」といった意味で、現在は女性だけ30人の記者と地方通信員のネットワークで記事が編まれているという。

 カースト制度やダリトなどと言われてもピンと来ないかもしれないが、インドを拠点に夫婦で映像制作を続けているリントゥ・トーマスとスシュミト・ゴーシュの両監督が3年の歳月をかけてじっくりと撮影。取材相手とのやり取りなど女性記者たちの日々の活動を丁寧に見つめた中から、今日にも厳然と残るインドの身分差別、男女差別の実態がわかりやすく提示されると同時に、現代インドが抱える社会や政治の問題、さらにはジャーナリズムのあるべき姿といった普遍的なテーマまでもがくっきりと浮き上がってくる。

 映画では何人かの女性記者にスポットを当てているが、例えば主任記者を務める32歳のミーラはあるレイプ事件を追いかけている。被害者の女性は人妻ながら何人もの男に暴行を受け続けていて、しかも夫もその事実を知っていながら何もできない。被害者本人も報復を恐れて取材に応じたがらないし、警察も全く動かない。自らも貧しいダリトの家に生まれた女性としてさんざん辛酸をなめ尽くしてきたミーラ一人、義憤に駆られて取材を進めるんだけど、行く手にはいくつもの壁が立ちはだかる。

 一方、若いスニータが追及しているのは、不法に採掘が行われている鉱山の問題だ。近隣の村は道路が泥だらけで生活の基盤はめちゃくちゃなのに、取材に訪れたスニータに対して、村人は口をつぐむばかりか妨害までする始末。行政も政治家もマフィアと癒着していて、弱い立場の人々の生活は一向に上向くことはない。

 そんな実状にミーラやスニータたちは、ひるむことなく果敢に立ち向かう。弱者には「自分たちがついているから」と背中を押し、警察や議員、宗教リーダーら強面の権力者にも臆せず厳しい質問を浴びせる。選挙取材で「おべんちゃらの質問をした方がいい」などと忠告する他社の男性記者の言葉に一応は耳を傾けるものの、実際の取材ではズバッと核心に迫る。彼女たちの私生活の部分も映し出されるが、いくら現状が過酷で社会を変えたいと願っているとは言え、身の危険も顧みずに突進する勇気、使命感は驚嘆に値する。

 しかもこんなにも日々の取材に命を張っている中、デジタル化の波はここカバル・ラハリヤにも押し寄せ、紙媒体からネット配信への移行が図られる。使いなれないスマホで動画を撮らなくてはならなくなるものの、中には英語を解さない記者もいて、同僚からアルファベットの形を一から教わったりしている。夫や父親から何をやっているのかわからないと不審がられる人がいるのもびっくりだし、企業に守られて地位も生活も安定している日本の新聞記者とは立ち位置がまるで違う。

 でもこれこそが報道の原点であり、知らないから知りたい、よくないからよくしたい、というごくごく当たり前の欲求が、ひいては社会を変えていくことにつながるのだろう。恐らく取材する記者たちにも取材される側にも煙たがられただろうに、ここまでつぶさにジャーナリズムの根源に迫ったリントゥ&スシュミト両監督のドキュメンタリスト魂にも頭が下がる。(藤井克郎)

 2023年9月16日(土)から、ユーロスペース、シネ・リーブル池袋など全国で順次公開。

©Black Ticket Films

インドのドキュメンタリー映画「燃えあがる女性記者たち」から。デジタル化の波でカバル・ラハリヤの記者たちもスマホで動画を撮ることに ©Black Ticket Films

インドのドキュメンタリー映画「燃えあがる女性記者たち」から。どんな権力者にも臆せず鋭い質問を浴びせるカバル・ラハリヤの記者 ©Black Ticket Films