「Girl/ガール」ルーカス・ドン監督

 またまた昨年のカンヌ国際映画祭の受賞作から、驚きの1本がやってくる。ベルギー出身の今年28歳、ルーカス・ドン監督の長編デビュー作「Girl/ガール」は、革新的な作品が集まる「ある視点」部門に選出され、新人監督賞に当たるカメラドールと国際批評家連盟賞を受賞。さらには、主役を演じたビクトール・ポルスターが「ある視点」部門の最優秀演技賞に輝いた。確かにポルスターの存在は圧倒的で、その動き、その表情の一瞬一瞬をカメラに刻み込んだというだけでも、この映画は価値があると言えるだろう。

 ポルスターが演じるのは15歳のララ。プロのバレリーナを目指すララは、ベルギーでも有数のバレエ学校の編入試験を受けるため、父親(アリエ・ワルトアルテ)と6歳の弟(オリバー・ボダル)の家族3人で新天地に移り住む。希望に燃えて明るく振る舞うララだが、実は体と心の性が一致しないトランスジェンダーとして深い悩みを抱えていた。

 性的少数者であるLGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング)を扱った映画というと、とかく周囲の差別や偏見との葛藤が描かれることが多いが、この作品では父親をはじめ周りの目はいたって温かい。自分の息子がバレリーナになりたいという夢を持っていることを理解し、女性らしい見た目を促すホルモン療法が受けられるよう最大限のサポートをする。

 それでもトランスジェンダーであるララが一流のバレリーナになるには、たくさんの障壁が立ちはだかっている、というのがこの作品の主軸だ。悪気はなくても、思春期を迎えたバレエ学校の生徒たちはみな好奇心旺盛で、中には意地悪を仕掛けてくる級友もいる。そんなララの困惑や怒り、悲しみを、ドン監督はこれでもかというくらいカメラを接近させて写し取る。

 このカメラワークが見事で、バレエレッスンのあいだ中、ほかの生徒には目もくれず、ララの踊りだけを執拗に追いかける。激しい動きでも、大勢の群舞の中でも、カメラは常にララに焦点を当て、慣れないトウシューズによる足の痛みに耐えながら、それでも歯を食いしばって踊り続ける姿に肉薄する。この苦痛はララのものか。それとも演じているポルスターのものなのか。何度も何度も繰り返されるバレエシーンから浮かび上がってくるのは、虚実ないまぜになった映像の魔術にほかならず、まさに監督やカメラマンの執念が実った奇跡と言っていい。

 ララはさんざんもがき苦しんだ末、驚愕のクライマックスを迎える。この悲しみは、初めて「クライング・ゲーム」(1992年、ニール・ジョーダン監督)を見たときの衝撃に匹敵する。あの先鋭的な映画から25年以上がたつが、世の中はさほど変わっていないという実情も垣間見え、トランスジェンダーの苦悩の深さを改めて思い知らされた。(藤井克郎)

 2019年7月5日、東京・新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町など全国で公開。

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映画「Girl/ガール」から。バレリーナを目指すララ(中央、ビクトール・ポルスター)は… © Menuet 2018

映画「Girl/ガール」から。父(右、アリエ・ワルトアルテ)、弟(中央、オリバー・ボダル)の理解のもと、女の子として生きるララ(ビクトール・ポルスター)だが… © Menuet 2018