「地球で最も安全な場所を探して」エドガー・ハーゲン監督

 映画って本当に多様だなと思う。何も考えずにバカ笑いできる作品もあれば、人生の機微に触れることができる作品、思い切り芸術的な刺激を受ける作品などさまざまだ。世界で起こっているいろんな問題を考えるきっかけになる映画も多いが、まさにこの「地球で最も安全な場所を探して」は、地球上のすべての人類が直面している重要な課題について真正面から取り上げたドキュメンタリーと言える。見ていると思わず背筋がピンとなってくるほどだ。

 テーマは原子力発電所。「地球で最も安全な場所」とは、原発から出る高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」を捨てるのに適した場所のことで、果たしてどこに捨てたらいいのかを、スイス出身のドキュメンタリー作家、エドガー・ハーゲン監督が、原発推進派の核物理学者、チャールズ・マッコンビーとともに世界中をたどって探し回る。

 高レベル放射性廃棄物とは、使用済み核燃料を再処理する際に出る強い放射能を有する廃棄物で、過去60年間に世界中で35万トン以上が蓄積されているという。人類や環境に害を与えないような場所に数千年にわたって保管する必要があるが、おいそれとは見つかるはずがない。

 中国のゴビ砂漠のど真ん中を訪ねたかと思えば、アメリカでは先住民居住地区が候補になっており、近くには神聖な山もあると地元の先住民は訴える。地質的に安定しているのはオーストラリアで、ここが最適だという提案には、オーストラリアの人々が大反対ののろしを上げる。何しろオーストラリアには原発が一基もなく、どうして原発のない国がスイスやイギリスの核のごみを受け入れなくてはならないのか、と。当然の論理だ。

 ほかにも、受け入れを推進している市長や実験施設の経営者ら、いろんな立場の人がインタビューに答えている。日本で、青森県六ケ所村の再処理工場に使用済み核燃料が運び込まれるのに反対する人たちの映像もある。東日本大震災に伴う福島第一原発の事故に全く触れられていないのは、この映画が2013年の作品で撮影中はまだ発生していなかったか、あるいはこの問題が事故を超越したどこの発電所でも抱える普遍的な課題だからか。

 いずれにしても答えの出ない難問であり、映画もなにがしかの結論を出しているわけではない。あらゆる人が自分のこととして考えるヒントになるよう事実を提示しようという感じで、だから原発推進派、反対派というくくりでは描いておらず、インタビューに応じている人たちもみな冷静に語っている。その意味では、映画としてはとても地味な印象なんだけどね。

 日本でも長い間、この高レベル放射性廃棄物の最終処分場に立候補するところはなかったが、2020年秋に北海道の寿都町と神恵内村が名乗りを上げ、周辺の自治体や住民から反対の声が起こっている。実は北海道にはほかに最終処分のための実験施設があり、地下350メートルまで掘って地層や地下水などについて調査、研究をしている。2001年に幌延町に開設された日本原子力研究開発機構の幌延深地層研究センターで、当方は2010年にこの施設を取材で訪れたことがある。

 地下140メートルの深さまで潜って見学したが、大深度地下は意外と蒸し暑く、岩肌からちょろちょろ流れる地下水はしょっぱかった。この施設が計画されたときも反対運動が起きたほどで、機構では「放射性廃棄物を持ち込むことは絶対にない」と確約した上で建設にこぎつけたという。

 世界の実情を見てみると、寿都町や神恵内村で最終処分場の計画がすんなりと進められるとは思えず、つくづく先のことまで考えずに厄介なものを作ってしまったんだなあと感じる。3.11からもうすぐ10年になるが、この映画は改めて原発のことを考えるいい機会になるのではないだろうか。(藤井克郎)

 2021年2月20日(土)からシアター・イメージフォーラムなどで順次公開。

スイスのドキュメンタリー映画「地球で最も安全な場所を探して」から

スイスのドキュメンタリー映画「地球で最も安全な場所を探して」から