「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」マーティン・スコセッシ監督

 恐らくマーティン・スコセッシ監督ほど、映画文化の保護、発展に心血を注いでいる映画人もいないのではないか。アメリカに限らず、世界中の名作、傑作の数々をデジタル技術で修復しては国際映画祭で披露し、映画に関するさまざまなドキュメンタリー、記録映像に積極的に出演して、映画の魅力を熱く語る。と同時に、映画制作に関しては新規参入の企業とも手を組んで、従来の枠組みにとらわれない上映方法を模索する。よわい80を超えてこの身のこなしは大したものだ。

 前作の「アイリッシュマン」(2019年)はNetflixの配給でオンライン配信が中心だったが、新作の「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」はパラマウントとともにApple TV+の共同配給で世界同時公開だという。しかも上映時間が「アイリッシュマン」の3時間29分に迫る3時間26分と、またまた超超大作だ。狭い試写室の椅子ではきついかな、と身構えたが、いやいやどうして、冒頭からぐいぐい引き込まれて、全く長さを感じることなく見入っていた。

 舞台は1920年代のアメリカ中南部オクラホマ州。政府によってこの地に追いやられてきた先住民のオセージ族は、石油が発掘されたことで裕福な暮らしをしていた。その鉱業権に目をつけた牧畜業を営む白人のウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)は、甥のアーネスト(レオナルド・ディカプリオ)を呼び寄せ、オセージ族相手のドライバーの仕事をさせる。アーネストは客として乗せたモリー(リリー・グラッドストーン)とお互いにひかれ合う仲になり、2人は結婚。だがそのころから、モリーの家族をはじめとしたオセージ族の人たちが不審な死を遂げるようになる。

 原作はアメリカのジャーナリスト、デイヴィッド・グランが2017年に刊行したノンフィクションで、スコセッシ監督は先住民への差別と偏見の歴史をきっちりと押さえつつ、壮大なエンターテインメントに昇華させた。

 中でも目を引くのは、1920年代のオクラホマの街の完璧な再現ぶりだ。100年ほど前というのは、日本の場合でもなかなか忠実に映像化するのは難しいが、多分、街自体をオープンセットで作ったのだろう。建物のたたずまいも行き交う車も、さらには衣装や調度品も含めて、1920年代の南部の風景がシネマスコープサイズのワイドな画面で鮮やかによみがえる。特にモリーの妹夫婦の家が爆破された跡など、無残な残骸が四方に散らばっているのを空撮で捉えていて、裕福な街の実情と禍々しい空気感が絶妙なバランスで表現されている。スコセッシ監督とAppleの底力を見せつけられた気がした。

 一方で、欲と愛が交錯する人間ドラマも見応え十分だ。「ディパーテッド」(2006年)、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)などに続く6本目のスコセッシ作品となったディカプリオは、叔父の呪縛と妻への愛情との間で揺れる気弱な男の役を、虚勢と情けなさが入り交じった微妙な表情で演じ切る。対して、スコセッシ監督とは「ミーンストリート」(1973年)から始まって10作目のコンビとなるデ・ニーロは、表面上はオセージ族に取り入りながら裏で恐怖を画策するとんでもないワルを、相変わらずの安定した憑依型演技で怪演。さらに驚くべきはモリーを演じた先住民俳優のグラッドストーンで、デ・ニーロばりのなりきりぶりにすさまじい役者根性を感じた。彼女以外もオセージ族の住民を演じたのは、実際のオセージ族をはじめとした先住民の俳優ばかりで、ここにもスコセッシ監督の徹底ぶりがうかがえる。

 こうして3時間半近くの大歴史旅行を終えての感想は、こんなあからさまな人種差別犯罪がほんの100年前まで野放しだったという事実に驚くとともに、さすがはスコセッシ監督、映画文化の振興だけでなく、正確な歴史の掘り起こしにも全身全霊を傾けていることを再認識した。思い返せば半世紀近く前、「タクシードライバー」(1976年)を高校の同級生に誘われて見にいって、それまで映画館体験と言えばゴジラシリーズやブルース・リーくらいだった身にとって、こんな映画もあるのかと脳天をぶち抜かれて以来、スコセッシ作品にはいつも刺激と享楽をもらってきた。映画ファンの一人として、改めて謝意と敬意を表したい。(藤井克郎)

 2023年10月20日(金)、全国公開。

画像提供 Apple TV+

マーティン・スコセッシ監督作品「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」から。アーネスト(右、レオナルド・ディカプリオ)はオセージ族の娘、モリー(リリー・グラッドストーン)と恋に落ちるが…… 画像提供 Apple TV+

マーティン・スコセッシ監督作品「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」から。アーネスト(右、レオナルド・ディカプリオ)は、叔父のウィリアム(ロバート・デ・ニーロ)の言いなりだった 画像提供 Apple TV+