「i-新聞記者ドキュメント-」森達也監督

 森達也監督と言えば、オウム真理教を題材にした「A」(1998年)や、ゴーストライター騒動を起こした“天才音楽家”佐村河内守氏に密着した「FAKE」(2016年)など、社会派ドキュメンタリー作家のイメージが強い。だがもともとは演劇畑の出身で、立教大学の学生時代には映画サークルにも所属。サークル仲間だった黒沢清監督の劇場デビュー作「神田川淫乱戦争」(1983年)にも出演しているほどだ。

 そのせいか、これまでのドキュメンタリー作品も単なる映像記録ではなく、エンターテインメントの要素がにじみ出ている。報道のあり方をテーマにした今回の「i-新聞記者ドキュメント-」も、恐らく一人を除けば間違いなく楽しめる作品になっていた。

 その一人とは、菅義偉官房長官だ。映画は、官房長官会見で勇名をはせた東京新聞社会部の望月衣塑子記者に密着する形で進行する。一新聞の一記者であり、世の中には彼女のことを知らない人もいっぱいいるだろうに、映画はそんなことはお構いなく、余分な解説など全くつけずに彼女の姿を追いかける。

 冒頭が、沖縄に降り立った望月記者が、キャリーバッグを引きずりながらタクシーで何軒も家々を回る場面で、誰の家なのかは説明されない。どうやら米軍基地の辺野古移設問題に関係している人たちらしく、どの家も不在で突撃取材は徒労に終わるのだが、疲れ切っているはずの彼女がふっと浮かべる満足そうな笑みがすばらしい。あ、この人はこの仕事が充実しているんだな、とわかる瞬間で、新聞記者の端くれだった一人としては何ともうらやましい限りというか、絶対に太刀打ちできないと感じる。

 とにかく彼女は組織にいながら、組織の論理に左右されずに果敢に取材する。官房長官会見では、事務方が質問の最中に「早く質問をしてください」とバカの一つ覚えのように妨害するが、そんないじめにも全くたじろぐ気配がない。この人のメンタリティーはどれだけ強いんだろうと感心する。

 実はこの会見映像は、森監督が撮ったものではない。恐らく記者クラブ加盟社の映像を借りたもので、映っているのは菅官房長官の顔ばかりなのだ。森監督は質問する望月記者の表情をとらえたくて、何とか会見場に入ることができないかと努力を重ねるが、どうしても許可が下りない。一人だけオブザーバーとして出席を許されているビデオジャーナリストは、30年かかったとため息交じりに語る。

 それどころか、森監督がビデオカメラを手にしていると、総理官邸前の道路を横切ることすらできない。OLらしき通行人は平気で渡っているのに、森監督は警察官に止められる。おかしいじゃないかと訴えても埒が明かない。

 でも通行証を持っている望月記者は官邸にも入れるし、官房長官会見にも出席できる。つまり国民の知る権利を行使できるのは、組織に所属する一部の記者だけであり、そんな特権を有している彼らがその役目をちゃんと果たしているのかと、この映画は疑問を突きつける。わが国ではたった一人、望月記者だけが、その当たり前のことをしているのではないか、と。

 その矛先は、何もマスコミの組織人間だけに向けられているわけではない。知る権利がここまで脅かされているのに、まるで危機意識を持たない国民一人一人にも責任はある。その結果、この国はどうなってしまうのか。映画の最後の方に出てくる今年夏の参議院選挙の映像が、その断末魔の姿をとらえているような気がしてならない。(藤井克郎)

 2019年11月15日、東京・新宿ピカデリーなど全国で公開。

©2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

望月衣塑子記者の姿を通して日本の報道のあり方を問うドキュメンタリー映画「i-新聞記者ドキュメント-」 ©2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

ドキュメンタリー映画「i-新聞記者ドキュメント-」から、森達也監督(右)の密着取材を受ける望月衣塑子記者 ©2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会