「レザボア・ドッグス デジタルリマスター版」クエンティン・タランティーノ監督

 クエンティン・タランティーノ監督の初長編作「レザボア・ドッグス」(1992年)には格別な記憶がある。1992年7月、産経新聞文化部に異動して、毎週火曜日の映像面というページを担当することになり、いきなり命じられたのが紙面の刷新だった。上司の助言もあり、外部のデータ企業に依頼して「世界の映画祭」というコーナーを新紙面の目玉として新設したのだが、まだインターネットも普及していない時代、かなり画期的な企画だったのではないかと自負している。

 どういうルートか、その会社は開催されたばかりの世界中の映画祭の結果を記事にして送ってくれた。カンヌやベネチア、ベルリンといった有名どころだけでなく、カルロヴィヴァリとか、テッサロニキとか、ワガドゥグとか、それってどこ? というような映画祭まで網羅していて、映画記者になりたての身には非常に勉強になったものだ。そんな中、毎週のように各地の映画祭で賞に絡んでくる作品がある。それが「レザボア・ドッグス」だった。原稿では映画の詳しい内容までは触れられていない。タイトル名と監督のタランティーノの名前だけが刷り込まれて、一体どんな映画なんだろうと好奇心を募らせていった。

 ようやく作品と対面できたのは翌1993年の2月、北海道夕張市で開かれる第4回ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭に出品されたときだった。タランティーノ監督も来日するということで、まずは東銀座にあった日本ヘラルド映画の試写室で作品を見てすぐに夕張へ。当時は居酒屋やスナックが軒を連ねてにぎわっていた梅ヶ枝通りでの宴会では「マッハGoGoGo」をカラオケで熱唱する監督を目撃し、東京に戻ってからはヘラルドの会議室で単独インタビュー、とまあ、何とも濃密な時間を過ごすことができた。

 そんな思い出たっぷりの映画がデジタルリマスター版としてよみがえる。スクリーンで鑑賞するのは当時以来30年ぶりのことだったが、今も色あせないどころか、作劇術やせりふ回しなど現時点においても斬新だし、役者のたたずまいから音楽の選曲までめちゃくちゃスタイリッシュだし、初監督でこんな作品を世に送り出すなんて、確かに世界の映画祭で評判を呼んだのも当然という気がする。

 ある組織によって6人の男が集められ、銀行強盗に押し入るものの失敗する。それは警察のスパイが1人、6人の中に潜んでいたから、という筋書きだが、その見せ方、語り口はまさに唯一無二のものだ。

 冒頭からして、黒のスーツに身を包んだ6人が安っぽいレストランでランチを取りながら延々とおしゃべりに興じていて、それもマドンナの歌の歌詞について口論するといった他愛のないものばかり。これから何が始まるのかの説明もないまま、肝心の強盗のシーンはすっ飛ばして、Mr.ホワイトなる男がけがをしたMr.オレンジを連れて待ち合わせの場所の倉庫に向かっている。やがてMr.ピンクとMr.ブロンドも現れ……、といった断片的な情報だけで、何が起こったのかを観客に覚らせる。30年前もこの構成にはうなったものだが、展開を知っているのにそれでもわくわくするのは、テンポのよさと余白の使い方の巧みさだろう。

 それぞれの人物の背景もちょっとずつ示していくという焦らしのテクニックだし、最初は6人のうち警察のスパイは誰なのか、推理物の要素をはらみながら、でも途中でネタばらしがあってからはどこまで隠し通せるか、はらはらどきどきのサスペンスに移る。それに配役がまたいいんだよね。Mr.ホワイトを演じたハーヴェイ・カイテルのいぶし銀にMr.オレンジ役ティム・ロスの実直さ、Mr.ブロンドのマイケル・マドセンが狂犬なら、Mr.ピンクのスティーヴ・ブシェミはおちゃらけと、個性がくっきり際立っている。冒頭であんなにしゃべりまくっていたMr.ブラウンを演じたタランティーノ監督自身はすぐに消えてしまうし、Mr.ブルーのエディ・バンカーは犯罪小説の有名作家らしい。組織側のクリス・ペンなんかも改めて見るとすごく印象的だし、徹底して男臭い作品なのにものの見事に多様性に富んでいる。

 残虐シーンなんかもデジタルリマスターでより一層、迫力が増した気がするし、効果的な音楽をはじめクリアすぎるくらいの音声が興奮を倍加させる。ちらっちらっと脱力系のエピソードを差し挟むなんぞは、その後の「パルプ・フィクション」(1994年)から「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年)まで通底しているタランティーノ監督ならではの諧謔味だし、ラストの結末も含めていろんな部分を見る側の想像力に委ねるなど、観客も巻き込んで監督自身が大いに楽しんでいることが伝わってくる。

 当時、取材したとき、タランティーノ監督は終始、情熱的にしゃべりまくっていた。ありとあらゆる映画が好きというだけに、ハワード・ホークスからジャン=ピエール・メルヴィルから深作欣二から、影響を受けたさまざまな映画人の名前が速射砲のように飛び出す。その上でこんなことを言っていた。

「僕はアメリカ人だし、アメリカの文化を描きたかった。アメリカ人にしかわからないユーモアもちりばめている。でもほかにもいろんな文化の要素は入っていて、義理人情の部分は日本映画の影響かもしれないし、あるいは自分の本質かもしれない。あくまでもアメリカ文化を下地に、でも世界に通じる映画を作りたいと思っています」

 30年間、その意志を衰えさせることなく映画に向き合ってきたというのも、さすがだね。(藤井克郎)

 2024年1月5日(金)、新宿ピカデリーなど全国で公開。

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クエンティン・タランティーノ監督作品「レザボア・ドッグス デジタルリマスター版」から。黒服の男たちのスタイリッシュで滑稽なバイオレンスは決して色あせない魅力をたたえている © 1991 Dog Eat Dog Productions, Inc. All Rights Reserved. 

クエンティン・タランティーノ監督作品「レザボア・ドッグス デジタルリマスター版」から。ハーヴェイ・カイテルら役者陣の個性あふれる存在感も作品の魅力だ © 1991 Dog Eat Dog Productions, Inc. All Rights Reserved.