「HERE 時を越えて」ロバート・ゼメキス監督

 ごくごく私的な思い出で恐縮だが、新聞記者になって初めて取材した外国の著名人はマイケル・J・フォックスだった。1985年9月、主演映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年、ロバート・ゼメキス監督)が年末に日本で公開されるのを前に初来日したときだったが、全米で旋風を巻き起こしている大ヒット作品ということで、映画にそれほど詳しくなかったド新人記者としてはめちゃくちゃ緊張した記憶がある。

 いざ会ってみると本人はいたって気さくな若者で、背が低いことを「ズボンにアイロンをかけるのが楽で助かってるよ」などとギャグで返してくれたと書いたら、マガジンハウスの情報誌「ダカーポ」の語録コーナーで取り上げられて、ちょっぴり誇らしく感じたものだ。でも今、その夕刊フジの記事を読み返すと、映画の監督名がどこにも書かれていない。製作総指揮を務めたスティーブン・スピルバーグの名前は見出しにまで使われているのに、いくら入社してまだ半年の身だったとは言え、わがことながらあまりにもひどい。

 その後、産経新聞に異動して1992年7月に文化部の映画担当になり、名前を書き落としたロバート・ゼメキス監督の取材が早々に実現した。「永遠に美しく…」(1992年)のプロモーションでの来日で、CGを用いたSFX(特殊効果)技術についてたっぷりと話を聞くことができた。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマイケル・J・フォックスにインタビューしたことは、もちろんおくびにも出していない。

 このときの取材で鮮明に覚えているのは、今はまだSFXは映画の見どころとしてこれ見よがしに使われているが、そのうちSFXと気がつかないくらいに溶け込むようになると指摘していたことだ。空を飛んでいる鳥を消したり、役者の目の下のクマを取り除いたりすることも簡単にできるようになる、と。「極端な話、フレームの構図が気に入らなければ、その構図を変えることも可能になる。エキストラも少なくて済むし、恐らく最初に職を失うのはスタントマンだろうね」と予言してくれた。

 その後も「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994年)や「コンタクト」(1997年)、「ザ・ウォーク」(2015年)など驚きの映像を実現した名作を次々と世に送り出してきたが、新作の「HERE 時を越えて」でもまたまたゼメキス監督らしいチャレンジ精神にあふれた映画の魔術を見せてくれた。

 今度の注目ポイントは、カメラがとある一点から微動だにしないということだ。それでいて、地球が誕生した46億年前の太古から現代までの壮大な愛の物語を織り上げているのだから、現在はVFXと呼ばれる視覚効果の技術を知り尽くしているだけのことはある。

 舞台は地球上のとある地点。恐竜が跋扈する時代から氷河期、先住民族の暮らしを経て、1907年に一軒の家が建つ。カメラの場所は丁度この家のリビングルームに位置し、最初に住んだジョンとポーリーンの夫婦、次にこの家を買ったレオとステラのアーティストカップル、そして第二次世界大戦の末期、戦地から負傷して帰還したアル(ポール・ベタニー)とローズ(ケリー・ライリー)夫妻が購入して家族が育っていくまで、とにかく気の遠くなるような記憶の断片を紡いでいく。決して時系列にたどるのではなく、時代も人物も自由自在に飛躍するが、カメラ位置は梃子でも動かない。ズームインもズームアウトもしない。

 大勢の人物が入れ代わり立ち代わり現れる中、核となるのはアルとローズの長男、リチャード(トム・ハンクス)だ。高校時代、絵描きを目指していたリチャードは、別の高校に通うマーガレット(ロビン・ライト)と出会い、恋に落ちる。マーガレットに子どもが授かっていることがわかり、10代の若さで2人は結婚。リチャードは画家の夢を諦めて保険会社に就職し、ヴァネッサを出産したマーガレットは、やがてこの家を出て自分たちの新居を持ちたいと願うようになる。喜びに悲しみにちょっとしたいさかいと、さまざまな家族の表情を刻みながら時が流れていく。

 特筆すべきは、リチャードとマーガレットは高校生のころから年老いた現在まで、トム・ハンクスとロビン・ライトが演じ切っていることだ。特殊メイクだけでない、まるで魔法のような映像処理がなされているのは確実で、まさにゼメキス監督の真骨頂と言えるだろう。演じるハンクスもライトも、ほとんど違和感なく10代から70代までを生きていて、役者の巧みの技の重要性も見せつけている。

 一方で、先住民の首飾りが裏庭から発掘されるなど、悠久の歴史の中でそれぞれの家族が生かされているということが示される。われわれ一人一人は人類の、いやもっと言えば地球の壮大な営みの中の一つのかけらに過ぎず、でもそんなちっぽけな存在ではあっても喜び、悲しみなど多様な感情が目まぐるしく渦巻いていて、その積み重ねこそが歴史なのだということに気づかせてくれる。

 独立戦争に第二次世界大戦、さらには認知症や新型コロナウイルスなど、時代時代でいろんな災いが降りかかってくるが、家族愛は、人類愛は、決してなくなることはない。全ての過去がつながって今があるということを、実に楽しそうに作品に仕立てている。やっぱりゼメキス監督は根っからの映像の語り手なんだな、ということを今さらながら再認識した。(藤井克郎)

 4月4日(金)、東京・TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。

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ロバート・ゼメキス監督のアメリカ映画「HERE 時を越えて」から。高校生のリチャード(左、トム・ハンクス)とマーガレット(ロビン・ライト)は恋に落ちる ©2024 Miramax Distribution Services, LLC. All Rights Reserved.

ロバート・ゼメキス監督のアメリカ映画「HERE 時を越えて」から。年老いたリチャード(右、トム・ハンクス)とマーガレット(ロビン・ライト)夫婦はかつての家を訪ねる ©2024 Miramax Distribution Services, LLC. All Rights Reserved.