第355夜「ワンオペレーション」メアリー・ブロンスタイン監督
いつの間にか知らないうちに世の中に浸透していて、まるで追いつけない言葉がある。最近で言うと、ものすごく気になるのが「共有」だ。もちろん共同で所有するという意味で、「共有財産」とか「共有地」とかいった使い方だったら理解できる。でも送ったメールに対して「共有させていただきます」とか「ご共有いただき、ありがとうございます」などと返されると、えっ、誰が何を共有したの? と戸惑ってしまう。
同じように「展開」だの「稼働」だのも元の意味とはかなりかけ離れた使い方でネット空間を飛び交っているが、やっぱり分かっているようでよく分からない言葉に「ワンオペ」がある。ワンオペレーションの略というのは知っているが、英語のone operation(1回の操作)とは全く意味が違っていて、どうやら業務なり家事なりを1人でこなしている状況のことを指すようだ。何でもかんでも背負い込まされて大変だ、というときに使われることが多いみたいで、まあ典型的な和製英語だろうね。
アメリカはニューヨーク州生まれの俳優でもあるメアリー・ブロンスタイン監督が手がけた長編2作目「ワンオペレーション」の邦題は、その日本語で言うところのワンオペから付けたものと推察される。原題は「If I Had Legs I’d Kick You」で、直訳すれば「足があったらお前を蹴っ飛ばしてやるのに」となるが、蹴っ飛ばしてやりたいほどむかついているという意味の慣用句らしい。映画を見ると、確かにどちらも言い得て妙という気がする。
主人公のリンダ(ローズ・バーン)は、摂食障害の幼い娘を抱えながら家事をこなしつつ、セラピストとしての仕事にも追われるという忙しい毎日を過ごしている。夫(クリスチャン・スレイター)は長期出張で不在な上に、大した用もないのにしょっちゅう電話をかけてくるし、娘の担当医(メアリー・ブロンスタイン)からは子育てに関して厳しく注文を付けられる。
そんな中、リンダの住んでいるアパートの天井が突然、崩落し、大きな穴から大量の水が流れ落ちてくるという事故が発生。修理業者は長期休暇中で、やむなく娘とともに安いモーテル住まいを余儀なくされるが、隣室の青年(エイサップ・ロッキー)がまためちゃくちゃお節介で、こちらの状況などお構いなしに何かと口を出してくる。同僚のセラピスト(コナン・オブライエン)に不満をぶちまけるも取り合ってくれず、さらにあろうことか、自分の顧客である不安症の女性(ダニエル・マクドナルド)が生まれたばかりの赤ん坊をリンダのオフィスに置き去りにしていなくなってしまう。
と、かように想定外の出来事が次から次へと襲ってきて、大混乱に陥ったリンダがさて……、という展開は、確かに誰かを思いっきり蹴っ飛ばしたくもなるというものだ。とうにワンオペの限界を超えている。
驚くのは、このリンダの混乱を、極端とも言える寄りの映像で追い続けていることだ。カメラは常にリンダに肉薄し、いらつき、怒り、悲しみ、のたうち回るリンダの一挙手一投足、感情に任せた多彩な表情を余すことなく捉える。何しろ娘なんていつも一緒にいるはずなのに全く映らないし、ほかの人物もリンダの目線で登場するから、彼らの内心などまるで推し量ることができない。とにかくリンダにとっては、関わりのある全ての人がまるで敵のような存在で、どんどんどんどん追い詰められているということが、カメラワークからも如実に伝わってくる。
この徹底したクロースアップに応えたリンダ役のローズ・バーンの表現力もすさまじい。序盤は、もしかしたら最後まで彼女しか登場しないのでは、と思えるくらい、いらいらしたリンダの顔が延々と映し出されるし、まさに役者魂というか、よこぞここまで怒鳴りまくる演技ばかり続けられたものだと感心する。それでいて決して嫌味に感じるわけではなく、同情というか共感というか、そりゃこうなるよな、という説得力がある。昨年2025年のベルリン国際映画祭で最優秀主演俳優賞に当たる銀熊賞に輝いたほか、ゴールデングローブ賞の最優秀主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)受賞にアカデミー賞の主演女優賞ノミネートという評価もなるほど納得だ。
その奇跡の演技を引き出したのも、俳優としてのキャリアもあり、今回も女医役でちらっと出演しているブロンスタイン監督の手腕ならばこそだろう。天井崩落の大騒動や赤ん坊置きざり失踪のしっちゃかめっちゃか具合など、修羅場に次ぐ修羅場の描写の畳みかけも実に鮮やかで一見の価値がある。まだ長編第2作という新鋭ながら、この驚異的な映像センスはいかばかりか。今後の活躍を大いに予感させて余りある力業にうなった。(藤井克郎)
2026年9月18日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷など全国で順次公開。
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メアリー・ブロンスタイン監督のアメリカ映画「ワンオペレーション」から。家事に育児に仕事にと追い詰められたリンダ(ローズ・バーン)は…… © 2025 Legs Film Rights LLC. All Rights Reserved.

メアリー・ブロンスタイン監督「ワンオペレーション」から。リンダ(右、ローズ・バーン)は同僚のセラピスト(コナン・オブライエン)に不満をぶちまけるが…… © 2025 Legs Film Rights LLC. All Rights Reserved.
