「九月と七月の姉妹」アリアン・ラベド監督

 つらつら考えてみるに、どうやら自分はストーリーを書きづらい映画が好みなのかもしれない。前回のレビューで取り上げた「海辺へ行く道」(横浜聡子監督)でも同じようなことを書いたけど、ストーリーを追うだけの映画なら、わざわざ映画という表現にしなくてもよかったのに、と思ってしまう。ストーリーを超越した驚きや創造性があるからこそ、見るべき映画、語るべき映画になっているのであって、さてそれをどう文章化するかが非常に悩ましい。

 このアイルランド、イギリス、ドイツ合作の「九月と七月の姉妹」は、イギリスの若手作家、デイジー・ジョンソンの小説を原作にしている。原作は読んでいないし、どこまで忠実に映画化しているのかは分からないが、映画としては本当に映画でなければ描けないという表現がいくつもあって、というよりも作品全体がそういう表現で貫かれていて、これが初の長編というアリアン・ラベド監督の類いまれなセンスに圧倒されっ放しだった。

 主人公は生まれたのが10カ月違いというセプテンバー(パスカル・カン)とジュライ(ミア・サリア)の姉妹で、奔放な母親のシーラ(ラキー・タクラー)と3人で暮らしている。2人の姉妹は双子のようにいつも一緒で一心同体の仲のよさだが、学校ではなぜかいじめに遭っている。特に妹のジュライへのいじめがひどく、ある嵐の日、姉は妹を守るべく、いじめっ子3人と対決するが……。

 ここでいきなり海に近い田舎のおばあちゃんの家へと場面が飛ぶ。引っ越し先でも母親と姉妹の3人暮らしは変わらないが、なぜか2人は学校にも行かず、なぜかセプテンバーはジュライを支配するようになり、なぜか夜の浜辺でのパーティーでは……。っと、ここから先は見てのお楽しみだが、とにかくあっけに取られるのは間違いないし、さらにラストの驚異的なショットに至るまで、まばたき一つできないような衝撃的な展開が待っている。

 英語の原題は「September Says」つまり「セプテンバーは言う」という意味だが、この言葉が後半は特に重要になっている。日本ではあまりなじみがないが、英語圏では「Simon Says」という子どもの遊びがあるらしく、サイモン役を一人決めて、その子が「Simon says……(サイモンが言うには……)」に続けて語る命令を、その他の子どもたちがその通りに従って行動するというものだ。日本で一時期はやった王様ゲームみたいなものかもしれない。

 映画の中では、セプテンバーが「September says……」に続けて、ジュライにいろんな無理難題を要求する。例えばナイフでガラス窓にセプテンバーと彫れ、例えば残りのマヨネーズを全部食べろ、といった具合だ。姉を敬愛する妹は、その命令にことごとく付き従う。どうしてこんなことを、と思っていると衝撃のクライマックスを迎えるわけだが、ここに至るまでの姉妹の謎の行動についてはほとんど何ら説明的な描写がない。

 それどころか、この映画ではあらゆる謎が謎のまま放っておかれ、つじつまを合わせるなんてこともしない。なぜ姉妹はいじめに遭っているのか。なぜいじめっ子の一人は車椅子なのか。なぜセプテンバーはわき毛を生やしているのか。母娘を演じているのはインド系のイギリス人俳優のようだが、役柄として移民なのかどうかにも触れていなければ、舞台となっている場所についても言及しない。とことん見る側に考えさせる。感じさせる。そしてその感じるものは、絶対に通じるはずだと信じている。何て監督だ。

 画面サイズだっていつの間にか横長ワイドのシネマスコープになっているし、撮影はフィルムカメラを使用して、しかも前半と後半で16ミリと35ミリを使い分けているそうだし、とにかくラベド監督の強い意志が前面に押し出されている。怖いもの知らずというか、すがすがしいというか、初めての長編でここまで個性を発揮できる環境が何より素晴らしいなと感じた。

 プレス資料によると、ラベド監督はギリシャ育ちのフランス人俳優で、ギリシャ出身の鬼才、ヨルゴス・ランティモス監督が製作、出演した「アッテンバーグ」(2010年、アティナ・ラヘル・ツァンガリ監督)で映画初出演し、ベネチア国際映画祭の最優秀女優賞を受賞している。このときに出会ったランティモス監督と結婚。ランティモス監督作「ロブスター」(2015年)などで俳優としてのキャリアを重ね、2019年には短編映画で監督デビューを飾った。初長編の「九月と七月の姉妹」は、2024年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に選出されるなどさまざまな国際映画祭で評判を呼んでいるが、そのうち「哀れなるものたち」(2023年)でベネチア国際映画祭の金獅子賞という頂点を極めた夫をしのぐ存在になるかもしれないね。(藤井克郎)

 2025年9月5日(金)から、東京・渋谷WHITE CINE QUINTO、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテなど全国で順次公開。

© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024

アイルランド、イギリス、ドイツ合作のアリアン・ラベド監督「九月と七月の姉妹」から。妹のジュライ(ミア・サリア)と姉のセプテンバー(パスカル・カン)はいつも一緒の仲のよさだった © Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024

アイルランド、イギリス、ドイツ合作のアリアン・ラベド監督「九月と七月の姉妹」から。妹のジュライ(ミア・サリア)と姉のセプテンバー(パスカル・カン)はいつも一緒の仲のよさだった © Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024