「ひとりたび」石橋夕帆監督
石橋夕帆監督にインタビューしたのは2019年8月、初の長編映画「左様なら」(2018年)の公開直前のことだった。短編漫画を原作に高校の一クラスの青春模様を繊細な映像で切り取った群像劇で、一人一人の内面をあぶり出すような光の使い方が素晴らしく、20代ならではのみずみずしさにどこかベテランのような老練さも併せ持った感性にドキッとさせられたものだ。
そのときの取材は主役を務めた芋生悠、祷キララと3人一緒だったが、高校時代まで映画をほとんど見てこなかったという石橋監督は、初めての長編でコントロールし切れなかった部分や現実的に届かなかった部分など悔いが残るところがある、と打ち明けてくれた。石橋監督が「この悔しさって作品に対する思い入れの強さと比例していて、『左様なら』はあのタイミングで撮るしかない作品だなという思いも自分の中であったし、この作品で描いているさまざまなものを今、自分の中で解消しないと、これから先、前に進まないと思っていた」と話したのに対し、主演の芋生が「すごいですね。映画に興味がなかった人の映画じゃないなって」と感心していたのが印象に残っている。
今後については「映画で直接、人生が変わるでも世界が平和になるでもないけど、見たことによって少しでも世界が変わって感じる、そんな個人の救いになるみたいなものはすごく魅力的だなと思っていて……。映画館を出た後、そういう感覚を持ち帰ってもらえるような映画を自分も撮れればいいなと思います」との言葉で締めくくってくれた。
それから7年、20代の女性の素直な風景を描いた「朝がくるとむなしくなる」(2023年)に続く石橋監督の長編第3作となるのが、30代女性の秘めた思いをすくい上げた「ひとりたび」だ。10年間勤めていた会社に居づらさを感じて退職した32歳の美咲(岡本玲)は、再就職の当てもないまま東京から和歌山の実家に帰ってくる。中学校の同窓会に出席した美咲は、ひそかに初恋の相手だった圭一との再会を期待していたが、圭一は2年前に亡くなっていた。空っぽだった美咲の心の中に、すっかり忘れていたあのころの思いが込み上げてくる。
といったストーリー以上に、穏やかな田園風景に溶け込んで、美咲の現在と中学時代の情景が入り交じるように、淡々と、でもしっとりと描かれていくさまが心に染みる。田舎道を自転車で走り抜け、友人とファミレスでおしゃべりし、妹と言葉を交わす。ごくごくありきたりな近況について、ほとんど何の感情も込めずに訥々と語りながらも、でも言外には圭一への追慕の念が強く感じられる。想像の写し取り方が秀逸で、なぜだか心につんとした切なさが伝わってくる。
現在の美咲役の岡本玲と中学時代を演じた石山愛琉は決して似てはいないし、同じような表情を見せるわけでもないのだが、恋に対して積極的ではないものの、自分の気持ちはきちんと伝えるという性格は変わらない。何も語らずにただたたずんでいる姿だけで、何か喪失感をまとっているようなとても深みのある空気感を漂わせるという点でぶれがないし、2人の役者魂とともに石橋監督の確かな演出力を感じさせる。
とにかく風景と心情が見事にかみ合っていて、この景色の中にいたら、きっと美咲はこういう行動を取るだろうなというところが無理なく伝わってくる。その性格に見合ったせりふも、それほど言葉数は多くはないのに心にすっと染み入ってくるものばかりで、特に最後の「生きていたって……」の「……」が繊細でいとおしいこの作品そのものを象徴していた。脚本は、女子高校生の友情を描いて評判を呼んだ「ザッケン!」(2026年)の上村奈帆監督が手がけており、なるほど同世代の石橋監督との共時性もうなずける。
実はこの作品、試写会で見たのは昨年2025年3月のことだった。どういういきさつがあったのかは知る由もないが、こうして無事に劇場公開されることになって、誠にご同慶の至りだ。願わくは、少しでも誰かの救いにならんことを。(藤井克郎)
2026年6月27日(土)、新宿K’s cinemaなど全国で公開。
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石橋夕帆監督「ひとりたび」から。実家に戻った32歳の美咲(岡本玲)は…… ©Ippo

石橋夕帆監督「ひとりたび」から。実家に戻った美咲(中央、岡本玲)は、中学時代の友人とたわいもない会話を交わすが…… ©Ippo
