「オールド・オーク」ケン・ローチ監督

 イギリスが誇るケン・ローチ監督は、実に一貫していてぶれがない。思えばその作品との最初の出合いは1996年、「レディバード・レディバード」(1994年)が劇場公開されたときだった。そのとき、今は亡きシネ・ヴィヴァン・六本木で「ケス」(1969年)など過去作の特集上映が組まれたが、いずれも厳しい荒波にもまれて生きる社会的弱者に優しいまなざしを注いだ作品で、それまでハリウッド製のド派手な娯楽作こそ映画だと思っていた身としては、いささか衝撃を覚えたものだ。

 その後も労働者階級やシングルマザー、貧困家庭の子どもたち、などなど、常に虐げられた人々の目線に立って映画づくりを続けてきた。しかも何とかささやかな希望を見いだそうとするものの、でも現実はなかなかままならない、というのも一貫しているんだよね。アルコール依存症からの克服を図る失業者を主人公にした「マイ・ネーム・イズ・ジョー」(1998年)が1999年に日本で公開されたときは、まだ一度も来日したことのなかったローチ監督に電話インタビューをしたが、「人間的な苦悩が最も顕著に現れる例が社会的弱者で、それは全ての人類に共通のテーマだと思う」と話してくれた。

 一度は引退を表明したものの、前言を撤回して今も精力的に映画を作り続けているのは、世の中から映画にすべきテーマが一向になくならないどころか、さらに新たな格差や矛盾が次々と出現しているからに他ならない。2023年製作の最新作「オールド・オーク」でモチーフにしているのは外国人移住だ。移民については、これまでも「やさしくキスをして」(2004年)や「この自由な世界で」(2007年)でも扱ってきたが、今こそ描かねばならないとローチ監督が思うのは当然というくらい、今や日本も含む全世界で大きな軋轢を生んでいるのはご承知の通り。

 2016年のイギリス北東部。かつて炭鉱で栄えた町も今やすっかり寂れ、人々の楽しみと言ったら、ただ1軒のパブ「オールド・オーク」に集まっては噂話に花を咲かすくらいだった。

 この町に、内戦から逃れてきたシリア難民が大量に移り住んでくる。ボランティアで積極的に彼らの世話をする人がいる一方、受け入れに反対の市民は不満の声を募らせ、憩いの場だった「オールド・オーク」は、いさかいの最前線と化すことになる。どちら側とも波風を立てたくないオーナーのTJ・バランタイン(デイヴ・ターナー)だったが、カメラを住民に壊されたと訴えるシリア難民の女性、ヤラ(エブラ・マリ)がやってきて……。

 やがてTJ、ヤラ、それぞれの背負ってきたものをお互いに知ることで友情らしき感情が芽生え、2人が中心になって「オールド・オーク」を住民と難民の融和を図る場所にしようと動き出す。躍動感に満ちた描写であり、TJの過去の秘密などエンターテインメントの要素もたっぷりで、ほっとしながら見ていると、どっこい一筋縄ではいかないというのは、ローチ作品ではすっかりおなじみの展開だ。そう、現実はそんなに甘くはない。それは世界の、いや日本のニュースを見ても同じだろう。

 でもローチ監督は、決して絶望だけで終わらせることはしない。どんなに厳しい結末が待っていようとも、いつもどこかに温かい視座を残しておいてくれる。今回も決して後味は悪くないし、悲劇の先にはかすかながら希望の光も見える。難民問題、移民問題の解決には直接、結びつかないかもしれないが、考える糸口になるような示唆はあるのではないか。

 今年2026年に90歳になるローチ監督は、今度こそ最後の作品だと断言しているらしい。でも日に日に世界が悪くなっている今、社会派の巨匠が描くべき、いや描かなくてはならない題材はまだまだいっぱいあるような気がする。(藤井克郎)

 2026年4月24日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町など全国で順次公開。

© Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023

ケン・ローチ監督のイギリス、フランス、ベルギー合作「オールド・オーク」から。町で唯一のパブは住民の数少ない憩いの場だった © Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023

ケン・ローチ監督のイギリス、フランス、ベルギー合作「オールド・オーク」から。TJ(左、デイヴ・ターナー)のパブにカメラを持ったヤラ(エブラ・マリ)がやってくる © Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023