「ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。」田口トモロヲ監督
見慣れた風景が映画に出てくると、それだけでなぜかうれしくなるものだ。ましてやご近所さんがばっちり映っているとなると、いつロケをしたんだろ、とか、知っていたら見に行きたかったな、とか、いろいろな雑念が湧いてくる。映画を見る上では作品に没入できなくなって、あんまりよろしくはないんだけどね。
1978年の東京を舞台に、日本の音楽シーンに衝撃を与えたパンクロックのムーブメントを描く「ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。」を試写で見ていたら、いつも最寄り駅まで歩いている道端がどーんと登場して度肝を抜かれた。しかもそれまではファッションも車も街並みも1978年当時の雰囲気を見事にまとっていて、作り手の徹底ぶりに舌を巻いていたのに、ここだけ厳然と令和の今が映り込んでいる。恐らくあの時代と現在とは地続きだということを表現したかったのだろうが、あまりにも身近な場所が唐突に現れたことで、いささか面食らったというのが正直なところだ。
さてこの映画、ムーブメントを起こしたミュージシャン当人ではなく、その情熱的なパワーに浮かされた音楽ファンが主人公というか、狂言回しの役になっている。ラジオから流れてきたセックス・ピストルズに魅せられてパンクのとりこになったカメラマン志望のユーイチ(峯田和伸)は、日本のパンクバンド情報が載っている「ロッキン・ドール」というミニコミ誌を見つける。1人で編集しているサチ(吉岡里帆)の案内で渋谷のライブハウスをのぞくと、ステージではカリスマ性のあるモモ(若葉竜也)がヴォーカルを務めるTOKAGEをはじめ、最先端の熱いバンドが競演していた。
地引雄一の写真集「ストリート・キングダム」を原作に、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」などの宮藤官九郎脚本、俳優としても知られる田口トモロヲ監督で映画化。パンクに触発された日本のミュージシャンたちが東京の音楽シーンをにぎわせた「東京ロッカーズ」と呼ばれたムーブメントの青春模様が熱く描かれる。この熱狂は1978年のわずか1年ほどのことで、実際のバンドやアーティストの名前を巧みに引用して、ほぼ史実通りに展開されるというのがみそだ。
1978年と言ったら当方は高校3年生だった。いわば青春真っ盛りで、同世代には東京ロッカーズの影響を受けた連中がいっぱいいるはずだし、現にこの映画でサチ率いるガールズバンドのヴォーカルに抜擢されるのは中学生という設定だ。実際、彼女のモデルになっているZELDAの高橋佐代子は1964年生まれだから、自分より4歳も年下になる。本当ならもろドンピシャの世代なんだけど、日本海に面した典型的な地方都市に住まうくそ真面目な生徒だった身としては、恥ずかしながら彼らのことは全く知らなかった。
改めて確認してみたら、この映画に登場する基になっているのは、LIZARD、FRICTION、ZELDA、THE STALIN、じゃがたら、NON BANDといったバンドで、若葉竜也の役はLIZARDのモモヨ、吉岡里帆はZELDAの小嶋ちほ、さらに間宮祥太朗はFRICTIONのレック、仲野太賀はTHE STALINの遠藤ミチロウがモデルだ。ほかにも彼らの指針となるプロデューサーのS-KENや、じゃがたらのリーダー、江戸アケミを彷彿とさせる人物が出てくるが、映画に映っているご近所さんとは、この江戸アケミの言葉を看板に掲げたお店なのだ。何かときどき店の前で歌っている人たちがいるな、とは思っていたが、江戸アケミってそういう人だったんだね。
と、かようにパンクに類することとは全く無縁のまま60年以上も生きてきた者から見ても、この映画は十分すぎるほど面白かったし、映画が再現する1978年当時のエネルギーに圧倒されたというのが正直なところだ。閉塞感の漂う社会の空気に抗って、自分自身を解放しようというのは今の時代にも通じる若者の特権であるはずだし、その過程でいろいろと悩みやいらいらが募ってくるというのも若者だからこそ。最初はバンド仲間のはちゃめちゃな騒ぎに圧倒されるんだけど、でも根底には自立や夢、友情と若者に特有の切なくもいとおしい心情がばんばん表に出てきて、思わずじーんとさせられる。この辺りの作劇は、さすが宮藤脚本の巧みさだろう。
配役の妙も見逃せない。ロックバンドの銀杏BOYZヴォーカルで、本来はミュージシャンの峯田和伸に、サチに「唯一ちゃんとしている」と言わせる非バンドメンバーのユーイチ役を演じさせるというのはしゃれが効いている。ミュージシャン役を演じる面々も、外見はみんないかにもロック青年といったいで立ちで、でも内面はいろいろと複雑なものを抱えていることがわずかな表情や立ち居振る舞いからにじみ出る。役者でもある田口監督ならではの手腕だし、そんな田口監督に出演者たちが全幅の信頼を寄せていることがそこかしこから伝わってくる。
それに時代の再現度が見事なんだよね。1978年と言ったら、わが方にとってはついこの間のように感じるけれど、40代以下にははるか昔のことに違いない。自主レコードの制作工程なんて、よくあそこまで映像化できたなと思うし、レコードの完成をいち早く若葉に知らせたくて、峯田と吉岡が深夜の商店街を駆け抜ける場面なんて、恐らく実際の街並みでロケ撮影をしたのだろうが、時代色も全く違和感がない。かと思ったら、いきなり江戸アケミが出てきて現代に引き戻されるなど、まさにパンクスピリットを体現するかのような自由奔放な映画世界を構築している。
田口監督と言えば、役者としては渋い脇役が多く、NHKの「新プロジェクトX~挑戦者たち~」のナレーションなど最近はすっかり落ち着いた感があるが、もともとはパンクバンド、ばちかぶりのヴォーカルというばりばりのロッカーで、やはり峯田主演のロック映画「アイデン&ティティ」(2003年)をはじめ、映画監督としても評価が高い。今回の新作では、60歳を過ぎても「まだまだ枯れるんじゃない」と叱咤激励されたように感じたし、悟ったように澄まして生きる現代の若者にも大いに刺激を与えるんじゃないだろうか。(藤井克郎)
2026年3月27日(金)、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。
©2026 映画『ストリート・キングダム ⾃分の⾳を鳴らせ。』製作委員会

田口トモロヲ監督「ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。」から。ユーイチ(右、峯田和伸)は、モモ(中央、若葉竜也)、サチ(吉岡里帆)らとレコードづくりにのめり込む ©2026 映画『ストリート・キングダム ⾃分の⾳を鳴らせ。』製作委員会

田口トモロヲ監督「ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。」から。1978年を時代背景に、ユーイチ(右、峯田和伸)らの情熱がほとばしる ©2026 映画『ストリート・キングダム ⾃分の⾳を鳴らせ。』製作委員会
