「恋愛裁判」深田晃司監督
深田晃司監督には、これまでに何度か取材でお会いしてきた。最初の出会いは2016年、「淵に立つ」(2016年)がカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品されたときで、現地でのインタビュー後、審査員賞の受賞を受けて、授賞式の壇上でも、夜のカンヌの街でも、実にうれしそうだった姿を目撃している。
「淵に立つ」では帰国後、日本公開を前に改めて作品について取材をお願いしたが、そのときに聞いた話でものすごく印象に残っている言葉がある。いわく「どうにでも受け取れるように全力で作り込むということがすごく大事だと思っていて、100人が見たら100通りの意見が分かれる映画を作りたい」と。価値観は多様であるべきで、だから見る人の感情を限定してしまう音楽はなるべく使わないように心掛けている、とも話していた。
こうした姿勢は自らの作品に関してだけではなく、映画界全体にも及ぶ。映画の多様性を守ろうと土屋豊監督らと設立した「独立映画鍋」でトークイベントを開いたり、映画業界の環境改善などを求めて是枝裕和監督らと「日本版CNC設立を求める会」を発足させたりと、行動する映画監督のイメージが強い。その都度、会見などをフォローしており、コロナ禍真っただ中の2020年春、存亡の危機にあえぐ全国のミニシアターを支援すべく濱口竜介監督とともに発起人を務めた「ミニシアター・エイド基金」では、週刊朝日の特集記事でインタビューしている。
前年の2019年に産経新聞社を退職し、フリーランスとして映画記者の道を模索していた時期で、取材の際に「産経にいらっしゃったのに、朝日に書かれるんですね」と面白がってくれたのが印象に残っているが、どちらかというとミニシアター文化の代表みたいな監督が、今度は東宝の製作、配給で新作を手がけたという。東宝と言えば、最近も「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」(外崎春雄監督)や「国宝」(李相日監督)などメガヒット作品を続出させ、興行面でもシネコンのTOHOシネマズが全国で席巻している。そんな業界最大手と組んで、果たしてどのように多様性を追究したのか。興味津々で東京・日比谷の東宝試写室に赴いた。
その「恋愛裁判」は、のっけから美少女アイドルの5人組がライブで歌い踊る場面が流れる。音楽は極力使わないと言っていた深田監督がアイドルをモチーフにするとは、とまずは強烈な先制パンチを食らった。
アイドルグループの「ハッピー☆ファンファーレ」は、ファンとの交流を大事にしている人気急上昇中の5人組で、彼氏がいると報じられたメンバーは否定の会見を開くなど、恋愛はご法度だった。センターを務める山岡真衣(齊藤京子)は、そんな業界の常識に縛られることなく、自由な音楽活動を志向していたが、ファンを大切に思う気持ちはほかのメンバーと変わらない。ある日、彼女は公園でパントマイムの大道芸を目にして、その不思議な世界に魅了される。演じていたのは、中学時代の同級生、間山敬(倉悠貴)だった。
物語は真衣と敬の初々しい恋愛模様を中心に展開されるが、現実とファンタジーが程よく配合された描き方で、はらはらと同時にほのぼのとした気持ちにさせられる。現実の部分では、ファンの暴走という最近も似たような事件が起きるなどリアルな描写がある一方、敬のパントマイムは映像の魔術も用いているのだろうが、演じる倉悠貴の玄人はだしの技が素晴らしく、いっぺんで心をつかまれた。相当な練習を積んだに違いない。
「ハッピー☆ファンファーレ」の5人を演じたアイドルのなりきりぶりも見事の一言だ。日向坂46のメンバーだった主演の齊藤京子をはじめ、仲村悠菜、小川未祐、今村美月、桜ひなの、と、それぞれアイドルとしての顔と裏の実生活の顔とを役者として使い分ける。虚実皮膜の妙味であり、それを巧みに引き出した深田監督の演出力にも恐れ入る。
真衣はやがて恋愛禁止のルールに違反したとして所属事務所から訴えられるが、深田監督が三谷伸太朗と共同で紡ぎ出した脚本は攻めの姿勢を崩すことはない。現実に向き合い、真衣と力を合わせて裁判を乗り切ろうとする敬に対し、真衣の方向性はもっと奥が深く、恋愛を禁じるという非人道的な規則そのものに疑義を呈している。それは単なるアイドル業界だけのことにとどまらず、日本社会を縛り付けている目に見えない圧力の一端であり、唯々諾々と従っていると今に痛烈なしっぺ返しを受けるかもしれない。
という深読みも可能なら、ファンタジーに彩られた切ない恋愛映画と見て取っても、歌と踊りが満載のアイドル映画と感じ取っても構わない。100人いれば100通りの解釈ができるようにとの深田監督の思いは、ここでも十分に伝わってくる。そしてそんな多様な受け止め方が可能な作品をあの東宝で手がけるということが、深田監督にとっては最も意義のあることだったような気がする。(藤井克郎)
2026年1月23日(金)、全国公開。
©2025「恋愛裁判」製作委員会

深田晃司監督「恋愛裁判」から。恋愛禁止に違反したとして所属事務所から訴えられた真衣(齊藤京子)だが…… ©2025「恋愛裁判」製作委員会

深田晃司監督「恋愛裁判」から。真衣(右、齊藤京子)は中学の同級生、敬(倉悠貴)と再会する ©2025「恋愛裁判」製作委員会
