「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」ウェス・アンダーソン監督
ウェス・アンダーソン監督の作品は、「グランド・ブダペスト・ホテル」(2013年)にしろ、「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」(2021年)にしろ、世界的に人気があって評価も高いけど、自分はその面白さをちゃんと理解しているのかときどき不安になる。必死になって食らいついていこうと思っても、途中から何が何だか訳が分からなくなって、あれ、この人って誰だっけ? ということがままあるのだ。
日本を題材にしたストップモーションアニメーションの「犬ヶ島」(2018年)のときには来日インタビューをしているし、確かにあの作品は映像的な面白さにあふれていたけれど、作品の本質を分かっていたかとなると心もとない。インタビューでもストップモーションアニメーションの魅力と日本映画からの影響くらいしか聞くことができず、「飛行機は苦手だけどだいぶ慣れてきたので、間を置かずしてまた日本に来たいね」と言い残して去っていく姿を見送っただけだった。
新作の「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」も大層評判がいいみたいだが、やっぱりついていくのがやっとだった。とにかく早口のせりふが速射砲のように次から次へと繰り出され、意味を咀嚼する間もなく別の場面に飛んでいく。恐らく欧米のアートシーンに詳しい人なら、随所にちりばめられたギャグやエピソードが元ネタと結びついてニヤリとするのかもしれないが、まるで素養のない身としては、これってどういう意味なんだろうと一つ一つのせりふに囚われているうちに、あっという間に置いてけぼりを食ってしまう。とりあえず1回目はこの目くるめくアンダーソン監督の世界観に身を任せるにとどめ、もう一度見直して登場人物の関係性や細かい描写を反芻するのが一番かもしれないなと諦観した。
舞台は1950年代のヨーロッパの架空の大国、フェニキアで、国際的な大富豪で6度の暗殺未遂をくぐり抜けて生き延びているザ・ザ・コルダ(ベニチオ・デル・トロ)が主人公だ。という設定も映画の中で懇切丁寧に説明されるわけではなく、こういう前提の下で登場人物がいろいろと動き、話しているにすぎない。勘の鈍い当方は、映画を見終わった後にプレス資料を呼んでようやく確認したくらいだ。
6度目の暗殺未遂はプライベートジェット機が上空で爆発するというものだったが、強運にも生き延びたザ・ザは、自分にもしものことがあった場合に備えて、後継者を育てようと決意する。指名されたのは一人娘のリーズル(ミア・スレアプレトン)で、ザ・ザと離れて修道女見習いをしていた。3人の妻と死別したザ・ザにはほかに9人の息子がいたが、彼らには何一つ残さず、全てをリーズルに引き継ごうと、呼び戻した彼女を連れてフェニキアへと旅立つ。ザ・ザはこの国で、大金を生む大規模なプロジェクト「フェニキア計画」を遂行しようとしていた。
といったストーリーを聞くと、はらはらどきどきの手に汗握るVFX満載の冒険活劇を想像するかもしれないが、アンダーソン作品はそうは問屋が卸さない。相変わらずの原色を基調に作り込まれた美術セットに、象徴的としか表現のしようのない衣装を身にまとった登場人物が入れ代わり立ち代わり現れて、意味があるのかないのか何とも判別しにくいせりふを吐きまくる。
演じる俳優も有名無名を問わず、同じようなレベルの重要度の登場の仕方で、この大物が演じているんだから後々、何か大きな役割を果たすに違いないなどという予想はすっかり裏切られる。出演者もそれは十分に織り込み済みで、トム・ハンクス、マチュー・アマルリック、ジェフリー・ライト、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチといったおなじみの面々が嬉々としてちょい役を楽しんでいる。主役のベニチオ・デル・トロや、ケイト・ウィンスレットを母に持つ新星、ミア・スレアプレトンを含め、みな心底、この独特の世界観に心酔し切っている感じだ。
思うに、アンダーソン監督の頭の中には奇想天外な想像の世界がきっちり構築されていて、その設定は登場人物一人一人の生年月日から家族構成、趣味、口癖に至るまで子細に作り上げられているのではないか。その中から具体的にあふれ出てくるものをピックアップして、スタッフやキャストとともに具現化していくと、こういう映像、音声になるといった塩梅で、だから時折、モノクロの別世界が出現したりもするし、派手なアクションシーンがあるかと思えば、ルノワールやマグリットの絵画にストラヴィンスキーの音楽など、さまざまなアートの符号がはめ込まれたりもするのだろう。こちら側はその創造の泉からあふれ出るしずくを一緒になって浴びればいいわけで、そう思えばこんなにも刺激的で享楽的な映像体験はないのかもしれない。
それでもどうしても理解できなくて気になるところがあるのなら、何度でも見直せばいい。映画は繰り返し視聴が可能な芸術形態であり、そのよさもアンダーソン監督はとっくにお見通しだろう。そう言えば当方にとって最大の謎だったのは、プレス資料では横にワイドなシネスコサイズとなっているのに、どう見ても左右に黒い帯のあるスタンダードサイズだったことだ。試写室と比べて格段にスクリーンの大きい映画館で見返すことで、果たしてその疑問は解消されるだろうか。(藤井克郎)
2025年9月19日(金)から、東京・日比谷のTOHOシネマズ シャンテ、渋谷のWHITE CINE QUINTOなど全国で順次公開。
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ウェス・アンダーソン監督のアメリカ、ドイツ合作「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」から。大富豪のザ・ザ(左、ベニチオ・デル・トロ)は一人娘のリーズル(ミア・スレアプレトン)を後継者に指名する Courtesy of TPS Productions / Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

ウェス・アンダーソン監督のアメリカ、ドイツ合作「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」から。凝りに凝った美術セットがアンダーソン監督の独特の世界観を象徴する © 2025 TPS Productions, LLC. All Rights Reserved.