「KIDDO キドー」ザラ・ドヴィンガー監督

 このところ、初長編に挑んだ女性監督の秀作が相次いでいる。このレビューでも取り上げたイタリアのパオラ・コルテッレージ監督「ドマーニ! 愛のことづて」が3月に公開されたほか、クロアチア出身のダイナ・O・プスィッチ監督「終わりの鳥」、名撮影監督として名高いエレン・クラス監督「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」、フランス出身の女優、レティシア・ドッシュ監督「犬の裁判」と、いずれも五感を刺激される傑作ぞろい。邦画でも、2月に公開された岡田詩歌監督「恋脳Experiment」なんて、初監督とは思えないほどテーマも語り口も見せ方も見事だった。

 2023年のベルリン国際映画祭ジェネレーション部門に出品された「KIDDO キドー」のオランダ出身、ザラ・ドヴィンガー監督も、この作品で長編デビューを果たした期待の新星だ。母と娘の型破りな2人旅を、今日的な世相を織り込みつつ、アメリカン・ニューシネマを想起させるざらざらと乾いた質感を伴って情感たっぷりに描いている。

 オランダの児童養護施設で規則正しい生活を送っている11歳のルーの元に、離れて暮らす母親のカリーナが訪ねてくるとの連絡が入る。久しぶりの再会を心待ちにしていたルーだったが、約束の日から1日遅れで現れたカリーナは、施設の職員が留守なのをいいことに、ルーを勝手に連れ出す。おんぼろ車で向かう先は、ポーランドに住むカリーナの母親、つまりルーの祖母の家。施設の門限を気にかけながらも、ルーはハリウッドスターを自称する母親のペースに飲み込まれていく。

 カリーナが本当は何をしているのか、なぜ娘を施設に預けているのか、といった詳しい事情は語られない。とにかく娘は母親が会いに来てくれたことがうれしくて、徐々にいい子の仮面を脱ぎ捨てて無邪気な素顔をのぞかせていく。母親は母親で全く母親らしくないというか、派手でがさつで素行不良で、娘をKIDDO(お嬢ちゃん)呼ばわりして、ボニーとクライドのボニーを気取る。

 確かに周囲の顰蹙をものともしない振る舞いは、ボニーとクライドの逃避行を描いたアメリカン・ニューシネマの代表作「俺たちに明日はない」(1967年、アーサー・ペン監督)のようなまがまがしさに満ちている。だがそんなこちらの不安感を見透かすかのように、カリーナはルーに「絶対にやってはいけない3つのこと」を教える。1つは暴力、もう1つはドラッグ、そして3つ目は「忘れた」というのが何とも粋だ。この言葉によって、あ、この母親はむちゃくちゃなように見えて、ちゃんと親をしているんだな、というのが伝わってきてほっとさせられる。

 ボニーとクライドになぞらえるのも、決して犯罪者の2人という意味ではなく、お互いが対等の関係だということを強調したいからだろう。カリーナは何事も頭ごなしに押しつけるのではなく、一人の人間としてわが子に接している。好き勝手にやっているように見えて、裏には育児放棄してしまった後悔の念と、娘には自分のようになってほしくないという親心がうかがえる。こうして娘との距離を縮めようとする一方で、ポーランドに残してきた自分の母親との距離はどうだったのか、というもう一つの母娘関係が微妙に絡まり、胸にじんと迫るものがあった。

 オランダからドイツを通ってポーランドまでの特に何ということのない風景も、ざらついた画質にとてもよく映えて美しい。心に染み入るせりふも満載で、共同で脚本も手がけたドヴィンガー監督のこれからが実に楽しみだ。(藤井克郎)

 2025年4月18日(金)から、東京・新宿のシネマカリテなど全国で順次公開。

© 2023 STUDIO RUBA

ザラ・ドヴィンガー監督のオランダ映画「KIDDO キドー」から。ルー(左、ローザ・ファン・レーウェン)は久しぶりに会う母親のカリーナ(フリーダ・バーンハード)に施設から連れ出される © 2023 STUDIO RUBA

ザラ・ドヴィンガー監督のオランダ映画「KIDDO キドー」から。ルー(ローザ・ファン・レーウェン)は母親との2人旅を通じて徐々に自らを解放していく © 2023 STUDIO RUBA