「室町無頼」入江悠監督

 時代劇の盛衰について、ちらっとだけひもといたことがある。戦後50年となる1995年のこと、2年にわたって産経新聞に連載された大型企画「戦後史開封」の一環として、聖地の京都・太秦に何度か足を運ぶなど、ほんのさわりではあったが取材を重ねた。すでに映画では下火になっていたものの、「水戸黄門」などテレビ時代劇はまだまだ人気を集めていて、殺陣師や斬られ役、美術など、その道うん十年のベテランスタッフにも生きた経験談を聞けたのは何ものにも代えがたい財産だ。

 往年の人気スター、市川右太衛門や萬屋錦之介に加えて松田定次、沢島忠らチャンバラ映画の名監督にもインタビューしたが、このときにいろいろと協力してくれたのが太秦に京都撮影所を構える東映だった。時代劇に精通した映画人によって1947年から映画製作に乗り出した東横映画を前身とする東映は、市川右太衛門、片岡千恵蔵の両御大に「新諸国物語 笛吹童子」(1954年、萩原遼監督)など子ども向け映画の人気も相まって、後発スタジオながら時代劇王国として盤石の地位を築いていく。1957年にはワイド画面のシネマスコープ作品を日本で初めて公開するが、その「鳳城の花嫁」(松田定次監督)の予告編につけたコピーは「躍進に躍進を重ねる東映が、シネマスコープ第1作!」だった。

 近年はテレビも含めて時代劇の冬の時代が続いたが、ハリウッド製ドラマシリーズの「SHOGUN 将軍」が話題を呼ぶなど、ここに来て復興の機運が高まりを見せている中、本家本元の東映が満を持して送り出すのが「室町無頼」だ。何しろ京都撮影所の職人技に加えて、東映アニメーションがVFXで参加するなどグループが総力を挙げて取り組んでいて、東映の底力を見せつける痛快娯楽大活劇に仕上がっている。

 原作は実話を基にした垣根涼介の同名長編小説で、応仁の乱前夜、室町時代の寛正年間を時代背景にしている。相次ぐ飢饉と疫病の流行で京の都は死人にあふれ、人心は荒れに荒れていた。庶民の人望が厚い腕の立つ牢人、蓮田兵衛(大泉洋)は世直しの機会をうかがっていたが、そんな折、洛中警護役を担う腐れ縁の骨皮道賢(堤真一)からある若者を預かってほしいと持ちかけられる。才蔵と名乗る天涯孤独のその青年(長尾謙杜)は武術の腕に長けており、兵衛は琵琶湖畔に住む棒術の達人(柄本明)の元で修行を積ませることにする。

 この修行の描写が映像技術と身体能力の限りを尽くしていて、これ以上ないというほどのわくわく感に満ちている。六尺棒を武器に不安定な湖の上で釘打ちをしたり、四方八方から鎌や斧がビュンビュン襲ってくる仕掛けをかわしたりするなど、縦横無尽に目まぐるしく動き回るカメラワークと才蔵を演じる長尾のキレキレの動きも相まって、一瞬たりとも目が離せない。刀よりもぐっと長い六尺棒という武器がまた絵面としての興趣を添えていて、これぞ令和の時代劇といった感がある。

 クライマックスの大群衆による洛中での合戦シーンも見逃せない。背景に相国寺の七重の塔がそびえる中、精巧に再現された京の街中で土一揆の一隊と幕府方が干戈を交える場面は、撮影に美術に衣装、結髪、殺陣、視覚効果とありとあらゆる創意工夫の粋が詰まっている。一対一の鍔迫り合いを鮮明に捉えながら、縦横斜めに猛スピードで一回転するといったカメラワークの曲芸には惚れ惚れするばかりだし、しかもおびただしい数の有象無象が入り乱れている中でも、才蔵ら主立った登場人物は決して埋没することなく浮き立っている。

 かと思えば、名もない民や兵らが刀で斬られ、矢を射抜かれる様子もきっちりと描き、さらにその死体にすがりついて泣きわめく家族の姿までもスクリーンに映し出す。そこには入江悠監督の反戦の思い、つまり人の死には思いも軽いもない、全ての命が等しく大切なのだ、との信念が見て取れる。

 2009年に自主制作の「SR サイタマノラッパー」で名を馳せてから16年。「22年目の告白-私が殺人犯です-」(2017年)、「ビジランテ」(2017年)、「AI崩壊」(2020年)、「あんのこと」(2024年)と話題作を次々と手がけてきた入江監督だが、またもとてつもない娯楽大作を生み出した。2017年11月に「ビジランテ」でインタビュー取材をしたとき、「心のどこかでは今ができ過ぎで、自分の実力ではないという感じがある」と謙虚に語っていたが、いやいやどうしてどうして、もう実力以外の何物でもないでしょう。

 それにこの「室町無頼」、池頼広の音楽が西部劇風だったりハワイアン風だったりのかっこよさで、主演の大泉の颯爽とした殺陣さばきともども、いかにも映画を見たという気にさせられるんだよね。試写は老朽化でこの夏に閉館予定の東映の旗艦劇場、丸の内TOEIで鑑賞したんだけど、さすがの大迫力で大満足だった。ぜひとも大スクリーン、大音量で新時代の大型時代劇に浸ってもらいたい。(藤井克郎)

 2025年1月17日(金)、全国公開。

© 2016 垣根涼介/新潮社 ©2025「室町無頼」製作委員会

入江悠監督「室町無頼」から。牢人の蓮田兵衛(大泉洋)は世直しの機会をうかがっていた © 2016 垣根涼介/新潮社 ©2025「室町無頼」製作委員会

入江悠監督「室町無頼」から。大合戦の場面でも一人一人の命の重みがきっちりと描かれる © 2016 垣根涼介/新潮社 ©2025「室町無頼」製作委員会