「フォールガイ」デヴィッド・リーチ監督

 NHK BSで再放送中の朝ドラ「オードリー」にドはまりしている。2000年の本放送のときも見ているはずなんだけど、当時は文化部から宇都宮支局に異動した直後で、初めての土地で初めての中間管理職を仰せつかっていたから、集中して見るどころではなかったのかもしれない。毎朝、早起きして、割と新鮮な気分で超個性的な人たちが繰り広げるどろどろの群像劇を楽しんでいる。

 何よりも舞台が京都・太秦の映画撮影所というのがいい。映画の撮影現場には何度も取材で足を運んでいて思い入れが強いせいか、映画制作の裏側を描いた作品というだけでわくわくが止まらない。映画も「雨に唄えば」(1952年、ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督)、「81/2」(1963年、フェデリコ・フェリーニ監督)に、最近だと「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年、クエンティン・タランティーノ監督)、「バビロン」(2022年、デイミアン・チャゼル監督)と忘れられない作品ばかりだ。中でもお気に入りはスティーヴ・ブシェーミが映画監督役を演じた「リビング・イン・オブリビオン 悪夢の撮影日誌」(1994年、トム・ディチロ監督)で、なかなか撮影に入れないブラックな笑いは最高だった。日本映画だと、映画制作現場への愛と慈しみがホラーとコメディーのテイストを盛り込んで描かれていた「ラストシーン」(2001年、中田秀夫監督)が深く心に残っている。

 ハリウッド映画の新作「フォールガイ」も、映画撮影の舞台裏を痛快なアクションとド派手な映像で愛情たっぷりに魅せるスペクタクル娯楽活劇に仕上がっていて、やっぱりぐっと込み上げるものがあった。

 冒頭のシーンから胸アツだ。無駄話をしていたスタントマンのコルト(ライアン・ゴズリング)が、リテイクが決まってエレベーターで最上階まで上り、ワイヤーを装着してジャンプする。この一連の動きをノーカットでテンポよく捉えるショットは、「映画に愛をこめて アメリカの夜」(1973年、フランソワ・トリュフォー監督)の劇中劇「パメラを紹介します」を何度もリテイクする名場面を彷彿とさせ、いやが上にも期待が高まる。ちなみにフォールガイ(原題「THE FALL GUY」)とは「落っこちる男」の文字通り、飛び降りのスタントを専門とするパフォーマーのことだそうだ。

 このときのスタントの失敗で映画業界を去ったコルトだったが、1年半後、プロデューサーのゲイル(ハンナ・ワディンガム)から復帰の要請が来る。オーストラリアで撮影するアクション大作で、主演のトム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)のスタントをやってほしいというのだ。コルトが常に代役でスタントをこなしていたトムはわがままなスターで、依頼に対して二の足を踏むコルトだったが、かつての恋人で撮影監督だったジョディ(エミリー・ブラント)が監督を手がけることを知って、オーストラリアの撮影現場に向かう。

 と、ここから劇中劇「メタルストーム」の撮影風景とサスペンスの要素を含んだ現実とが入り乱れて、アクションと笑いが詰まっためくるめく映像世界が展開される。感心するのは、この手のアクション大作ではおざなりにされがちなストーリーがきっちりと構築されていることで、映画業界にはびこる巨悪の存在と、純粋に映画が好きで好きでたまらない現場人間との対比が、クライマックスになるまで謎を秘めたまま進行していくのだ。

 その本筋とかぶせてところどころに差し挟まれる多種多様な小ネタが巧みで、1秒たりとも飽きさせない。中でも最高なのは一角獣のユニコーンで、ちらりちらりと登場してくるたびに笑い転げること必定だ。スターの飼い犬のドーベルマン、ジャン=クロードの使われ方も本当にうまくて惚れ惚れする。アクション映画をはじめとする数々の名作へのオマージュも見逃せない。

 一方でアクション場面も決して手抜きはない。コルト役のライアン・ゴズリングは、ラブドールに恋をする純真な若者を演じた「ラースと、その彼女」(2007年、クレイグ・ギレスピー監督)をはじめ、ミュージカルに挑戦した「ラ・ラ・ランド」(2016年、デイミアン・チャゼル監督)、人形の世界を映像化した「バービー」(2023年、グレタ・ガーウィグ監督)と、確かに幅広い役柄をこなす名優だが、ここまで鍛え上げられた肉体の持ち主だとは意外だった。もちろんスタントマンも起用しているのだろうが、スタントがモチーフだけにかなり危険な場面もリアルに撮影していて、スタッフを含めて現場の気概がうかがえる。

 アクションはゴズリングだけでなく、監督役のエミリー・ブラントやプロデューサー役のハンナ・ワディンガムら女優陣も相当にやらかしているし、何よりジェンダーギャップを全く感じさせない作劇が素晴らしい。恋愛要素があるものの、決して男が女を守るといった紋切り型にはなっておらず、トリニダード・トバゴ系のウィンストン・デュークや中国系のステファニー・スーを重要な役に配するなど、男女や人種の別に関係なくお互いに尊重し合っていい映画を作るんだという精神にあふれている。斬られ役に録音、大道具など、末端のスタッフもみんな映画に命を懸けているという描写がたまらない。

 デヴィッド・リーチ監督は自身、スタントの出身で、「ファイト・クラブ」(1999年、デヴィッド・フィンチャー監督)でブラッド・ピットのスタントを務めたとき、フィンチャー監督の緻密な現場を間近に見て映画制作の道を志す。アクション振り付けからセカンドユニット監督を経て「ジョン・ウィック」(2014年、チャド・スタエルスキ監督)で共同監督。その後、「アトミック・ブロンド」(2017年)、「デッドプール2」(2018年)といった作品を監督しているが、当方が見たのは伊坂幸太郎の原作で日本の新幹線を舞台にブラッド・ピットが暴れまくる「ブレット・トレイン」(2022年)が最初だった。今回、これだけ映画愛にあふれた傑作に触れたからには、リーチ監督の過去作もぜひとも見返してみないとね。(藤井克郎)

 2024年8月16日(金)、全国公開。

©2024 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.

デヴィッド・リーチ監督のアメリカ映画「フォールガイ」から。映画の撮影現場をモチーフに、手に汗握るアクションが繰り広げられる ©2024 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.

デヴィッド・リーチ監督のアメリカ映画「フォールガイ」から。アクション大作の撮影現場で、コルト(左、ライアン・ゴズリング)は元恋人の監督、ジョディ(エミリー・ブラント)と再会する ©2024 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.