「オールド・フォックス 11歳の選択」シャオ・ヤーチュエン監督
ありがたいことにいろんな映画会社から試写状を送ってもらっているが、中には完成披露試写会と銘打って大きな映画館で上映される場合がある。ハリウッド大作なんて、IMAXなど最先端の設備を備えた劇場でやってくれるんだけど、普段の試写室での視聴とはけた違いの大迫力で、なるべく参加したいと思っている。ましてや監督や出演者が来日して舞台挨拶もあるとなると、これはもう絶対に見逃せない。
東京・銀座の丸の内TOEIで開かれた台湾、日本の合作映画「オールド・フォックス 11歳の選択」の完成披露試写会では、シャオ・ヤーチュエン(蕭雅全)監督と出演者の門脇麦が上映前に登壇した。シャオ監督は、師匠に当たるホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督から「ぜひ日本の俳優と仕事をするといい」と勧められて門脇をキャスティングしたといった裏話を披露。一般の招待客も多かった会場は、終始和やかな空気感に包まれていた。上映前だったので、あまり映画の内容には触れられなかったんだけどね。
作品は、師匠譲りのどこかノスタルジックなぬくもりがあり、でもって人間らしい生き方みたいなものもちらっと示される、大いに見応えのある娯楽映画に仕上がっていた。
舞台は1989年の台北郊外。11歳のリャオジエ(バイ・ルンイン=白潤音)はレストランで給仕長を務める父、タイライ(リウ・グァンティン=劉冠廷)と貧しい暮らしを送りながら、亡き母の願いだった理髪店を開くという夢を抱いていた。時はあたかも投資ブームに沸いていて、アパートの1階で料理店を営むリーさん夫婦も株で儲けたと有頂天。リャオジエも父親に早く家を買って理髪店をオープンさせようとせっつく。
ある雨の日、リャオジエは車で送ってもらったことをきっかけに、不動産をいくつも所有するシャ社長(アキオ・チェン=陳慕義)と親しくなる。陰で古ギツネ=オールド・フォックスと呼ばれているシャ社長は、リャオジエに社会を生き抜く知恵を授けるが、実直な父親のタイライはそんな息子にシャ社長には近づかないように言い聞かせる。
このシャ社長の人生訓がしゃれている。相手への同情を断つ方法は、①氷水を飲む②目を閉じる③「知ったこっちゃない」と唱える――というのだが、これが後々まで効いてくる筋の運びが憎い。母親が望んでいた理髪店をすぐにでも実現したい息子は、金持ちで世渡り上手なシャ社長に心酔する一方、男手一つで育ててくれた父親のことも嫌いにはなれない。のし上がっていくには思いやりなど不要というシャ社長は、リャオジエに「お前の父親は負け組だ。それは他人の気持ちがわかるから」と語るのだが、この両極端な2人の性格描写にはほれぼれするばかりだ。
そんな大人たちの間で揺れる子ども心を、子役のバイ・ルンインが決して過剰ではなくごく自然に表現していて、全く無理なく物語に没入することができる。台湾では天才子役と言われているそうだが、むべなるかな。
さて、果たして人生に思いやりは必要なのか、それとも必要ではないのか。その結末は映画を見てのお楽しみだが、あれ、そう言えば門脇麦はどうなった。実は彼女が演じているのはジュンメイという女性で、いつもタイライが働くお店に1人で来ては静かに食べて帰っていく。何とも謎めいた印象で、門脇の雰囲気によく合っているんだけど、別に日本人という設定ではなく、せりふも中国語しか話していない。シャオ監督は、Netflixの配信映画「浅草キッド」(2021年、劇団ひとり監督)を見て彼女にほれ込んだというが、こういう軽やかな自由さも台湾映画の魅力かもしれない。
この作品でプロデューサーを務めているホウ・シャオシェン監督は2023年、認知症などを理由に引退を表明した。シャオ監督は1967年の生まれというから決して若手というわけではないけれど、作家主義が前面に押し出されていたホウ監督ら台湾ニューシネマの系譜は、次世代にしっかりと受け継がれているようだ。(藤井克郎)
2024年6月14日(金)、東京・新宿武蔵野館など全国で公開。
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台湾、日本合作「オールド・フォックス 11歳の選択」から。リャオジエ(左、バイ・ルンイン)は父のタイライ(リウ・グァンティン)と2人、つましい生活を送っていた ©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED
台湾、日本合作「オールド・フォックス 11歳の選択」から。タイライ(左、リウ・グァンティン)は、給仕長を務めるレストランでジュンメイ(門脇麦)と出会う ©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED