「花と雨」土屋貴史監督
実を言うと、ヒップホップに詳しいわけではない。本場アメリカでは数々のヒップホップ映画が作られていて、例えばアイス・キューブやドクター・ドレ―らを描いた群像劇「ストレイト・アウタ・コンプトン」(2015年、F・ゲイリー・グレイ監督)や、25歳で凶弾に倒れた2PACの伝記映画「オール・アイズ・オン・ミー」(2017年、ベニー・ブーム監督)などを面白く見たが、音楽以上に映画としての表現が魅力的だったというところが大きい。
日本の新作ヒップホップ映画「花と雨」も、映画的に極めて豊かな世界が展開されていて、ちょっとびっくりした。
原案と音楽プロデューサーに名を連ねているのが日本人ラッパーのSEEDAで、彼が2006年にリリースした歴史的名盤といわれる同名アルバムが基になっている。幼少期をロンドンで過ごした吉田(笠松将)は日本の社会になじめず、高校でも誰とも打ち解けられずにいた。そんなとき、偶然に出合ったヒップホップの世界に自分の居場所を見つけ、徐々にのめり込んでいく。だがなかなか芽が出ない現実に焦りを覚えた吉田は、やがてドラッグに手を染めるようになるが……。
このストーリーの紡ぎ方が何ともヒップホップ的というか、大胆な省略を多用して次々と畳みかけるように場面転換する。ドラッグの道に足を踏み入れる過程もせりふでは全く説明されず、いつの間にか売人たちや大麻部屋の情景が現れるというさりげなさ。実家暮らしらしい部屋の描写も断片的だし、そこに唯一の理解者である姉(大西礼芳)がやってきては優しく言葉をかける繰り返しが、小気味よい緊張と緩和のリズムを刻む。風力発電が並ぶ俯瞰映像を冒頭に持ってきたかと思えば、主役の笠松はじめ一人一人の表情を思い切ったアップの寄りで見せるなど、カメラワークの自在さも見事というほかない。
笠松の演技のすごみも際立っていて、ラップを語りながら延々と歩く姿を一度ならず二度までもノーカットでとらえる。よくここまでラップを自分の中に染み込ませたものだと驚きを禁じ得ない。
さらにラスト近く、ある悲劇を経て履歴書にラップのリリック(歌詞)を殴り書きしながら思わず涙をこぼす場面のすさまじさ。ここから一気にテーマ曲へとなだれ込む一連の流れなどは、まさに音楽と映像が一体になったカッコよさで、さすがはPerfumeや水曜日のカンパネラ、ゆず、ビョークら、たくさんのミュージックビデオを手がけてきた土屋貴史監督ならではの感性と言えるだろう。
不在を描くことで存在を意識させる表現など作劇法もすばらしく、決して映像センスだけの監督ではない。今回が商業映画第1作だそうだが、またまた楽しみな逸材が現れたものだ。(藤井克郎)
2020年1月17日、ヒューマントラストシネマ渋谷など全国順次公開。
© 2019「花と雨」製作委員会
日本映画「花と雨」から。吉田(笠松将)は、ヒップホップの魅力に引き込まれていく © 2019「花と雨」製作委員会
日本映画「花と雨」から。吉田(右、笠松将)にとって、姉(大西礼芳)と過ごすひとときが心の安らぎだった © 2019「花と雨」製作委員会