「ロスト・キング 500年越しの運命」スティーヴン・フリアーズ監督

　15世紀のイングランド王、リチャード３世と聞いて「ああ、あの」とピンとくる人は、かなりの歴史好きか演劇ファンか。当方もシェークスピアが史劇「リチャード三世」を書いているくらいは知っているが、舞台は一度も見たことがないし、映画化作品も時代設定を1930年代に置き換えた「リチャード三世」（1995年、リチャード・ロンクレイン監督）という変化球しか目にしていない。アル・パチーノが「リチャード三世」の舞台を制作する過程を自らの監督で映像化したドキュメンタリー映画「リチャードを探して」（1996年）も公開時に見ているんだけど、あんまり印象に残っていないんだよね。

　とにかくシェークスピア劇の影響か、本国イギリスでもリチャード3世という王様は自らの醜い姿をばねに権謀術数でのし上がっていったという悪役のイメージのようで、味方の裏切りに遭って戦死したこともあって、埋葬場所も長く不明だった。再評価を試みようと1924年には世界最古級の歴史協会としてリチャード3世協会が設立され、調査、研究が進められているらしいが、その協会に所属する民間女性が500年の時を経てリチャード3世の遺骨を発見したという驚きのニュースが話題を呼んだのは、2012年のことだった。

「ロスト・キング 500年越しの運命」はその顛末を実名で描いた作品で、「マイ・ビューティフル・ランドレッド」（1985年）や「クィーン」（2006年）などの名匠、スティーヴン・フリアーズ監督が、ロマンと風刺をちりばめた人間賛歌のドラマに織り上げている。

　スコットランドのエディンバラに住むフィリッパ（サリー・ホーキンス）は、職場では後進に先を越され、家庭では夫のジョン（スティーヴ・クーガン）と別居中と、人生のスランプに陥っていた。ある日、シェークスピアの「リチャード三世」の舞台を鑑賞した彼女は、不遇な野心家のリチャード3世の描写に疑問を抱き、彼の幻影（ハリー・ロイド）をそこかしこで目撃するようになる。文献を読みあさり、リチャード3世協会に入会するなど研究を重ねた結果、その亡きがらはイングランド中部のレスターに眠っているはずだと確信。何度も現地に足を運び、レスターの市議会や大学の元職員らにも働きかけて、社会福祉事務所の駐車場の掘り起こしに漕ぎつける。果たして駐車場の下から、リチャード3世の遺骨は見つかるのか。

　といった大筋のストーリーはほぼ実話のままなのだろうが、感心したのは、主人公のフィリッパの人生を、正当な評価をされないまま長く埋もれていたリチャード3世の実像に重ね合わせて描いている点だ。職場でも家庭でもうまくいかず、リチャード3世の研究というやっと夢中になるものと出合ったと思ったのに、大学をはじめとするアカデミズムの権威からはまるで相手にされない。世紀の大発見を成し遂げても、手柄はすべて大学に持っていかれる始末だ。

　それでもフィリッパは決して腐ったりはしない。何しろ彼女にはリチャード３世がついている。邪悪な暴君だったとのいわれなきレッテルをひっぱがし、真の姿に迫ろうと信念を貫いた彼女の努力の跡は、たとえ世間が誰一人認めてくれなくても、リチャード3世はしっかと見ている。だからこそ500年の沈黙を破って世の中に姿を現したのだ。努力をすれば報われるという単純なものではないけれど、あらゆる人に夢と希望を感じさせるリアルなおとぎ話があったっていいじゃないか。そんな作り手の人情味あふれる思いが見え隠れする。

　ちらっちらっとフィリッパの前だけに現れて勇気を与えてくれるリチャード3世の幻影も、老練なフリアーズ監督らしい粋な演出で和ませる。辺りを見回してみたら、あなたの近くにもあなただけのリチャード3世がいるかもしれませんよ、と優しくささやいているかのようだ。（藤井克郎）

　2023年9月22日（金）から、TOHOシネマズ シャンテなど全国で順次公開。

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スティーヴン・フリアーズ監督のイギリス映画「ロスト・キング 500年越しの運命」から。一介の主婦のフィリッポ（サリー・ホーキンス）はリチャード3世の研究に夢中になる　© PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

スティーヴン・フリアーズ監督のイギリス映画「ロスト・キング 500年越しの運命」から。フィリッポ（左、サリー・ホーキンス）はたびたびリチャード3世（ハリー・ロイド）の幻影と対面する　© PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.