「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」アマンディーヌ・フルドン、バンジャマン・マスブル監督
いつのころからだろう、国内の映画興行ランキングはすっかりアニメーション作品が上位を占めるようになってしまった。別にアニメーションが悪いってことではなくて、昨年12月の公開来、いまだにトップ10にとどまっている「THE FIRST SLAM DUNK」(井上雄彦監督)なんて表現力も目を見張るものがあったが、得てしてマニア向けのシリーズものが多く、なじみのない者にとってはちんぷんかんぷんだったりするんだよね。マニア向けじゃないけど、大ヒットを記録しているからと見にいった「名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)」(立川譲監督)は、シリーズ初心者にとってはやっぱり置いてけぼり感が強かったなあ。
世界を見回してみると、一口にアニメーションと言っても本当にいろんなテーマやタッチ、表現手法があって、感心させられることしきりだ。フランスのアマンディーヌ・フルドンとバンジャマン・マスブルの両監督が手がけた「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」は、フランス人なら誰でも知っているという児童書「プチ・ニコラ」シリーズをモチーフにしたアニメーションだが、原作を知らなくても十分に楽しめるどころか、原作の絵本が生まれた背景までも丁寧に盛り込んでいる。さらに絵本ならではの温かみのある淡い質感や手描きの筆致を巧みに作品に反映させていて、新たなアニメーション表現の可能性を示しているような気がした。
1955年のパリ。雑誌などにイラストを描いている若いイラストレーターのジャン=ジャック・サンペは、自身が作り出したいたずら好きの男の子のキャラクターに命を吹き込みたいと思っていた。物語を作るのが苦手なサンペは、ポーランド系のユダヤ人作家、ルネ・ゴシニに相談を持ちかける。男の子の主人公をニコラと名付けた2人は、物語をゴシニが、絵をサンペが分担する形で、絵本「プチ・ニコラ」を創作。やがて2人の想像の世界は、ニコラの家族や友達を伴ってどんどんと広がっていく。
映画は、このサンペとゴシニのそれぞれの生い立ちから「プチ・ニコラ」が国民的人気を集めていくまでの経緯を、ニコラ少年のキャラクターが案内役となって丁寧にたどるとともに、「プチ・ニコラ」のいくつかのエピソードが再現される。
ユニークなのは、「プチ・ニコラ」のエピソードの部分はフレームをぼかしたまさに絵本のような構図の中、線画から徐々に彩色が施されて、やがてニコラたちが生き生きと動き回っていくという筆致で描かれていることだ。あたかもサンペが真っ白い紙に漫画を描いていく過程を再現するかのように、無地の背景に自宅の部屋や庭、学校の教室などが出現し、ニコラや仲間たちが騒ぎを繰り広げた挙げ句、消しゴムでかき消すように消えていく。この手法はいかにもフランス風でしゃれていて、「プチ・ニコラ」のノスタルジックでほほ笑ましい物語にぴったりだ。線画もくっきりとした輪郭ではなく、ぬくもりのある素朴なペンのタッチだし、ニコラが着ている真っ赤なベスト以外は淡い色使いというのも心が落ち着く。
「プチ・ニコラ」の世界自体も実に楽しく、いつもパンを落っことす太っちょのアルセストや、メガネのがり勉君のアニャンなど魅力的な仲間がいっぱい登場する。仲間の中に女の子が一人入ってくると途端に気まずくなるというのは万国共通のあるあるだし、臨海学校に出かけるとき、隊長から「帰ってきたら別人だぞ」と言われたニコラが、一緒に聞いていた両親に「ママ、パパ、大丈夫。僕が見つけるから」と返すなんぞは、いかにもフランス風のエスプリだ。ぜひとも原作を読んでみたくなる。
一方で、原作者のサンペとゴシニの経歴に関しては、決してほんわかとしたものではない。シングルマザーのもとに生まれたサンペの不幸な家族関係もさることながら、特にユダヤ人のゴシニは苦労の連続だった。子どものころ、家族と南米アルゼンチンに渡ったゴシニは、やがてナチスドイツの侵攻でフランスに帰国することができなくなり、母国に残っていた親族はホロコーストの犠牲になる。漫画家を志してニューヨークに出たものの、なかなか芽が出ない。そんな心の傷を抱えているゴシニに、ニコラ少年は屈託なく話しかける。「新しい物語を書けば元気が出るよ」と。
辛辣だけど純粋なニコラとの対話が2人にとって癒やしになり、創作への活力となる、という展開が何ともほほ笑ましくてすてきだ。この調子で、2人の「プチ・ニコラ」にかける情熱からいかにこのキャラクターがフランス人に愛されているかまで、実にテンポよくつづられていて、「プチ・ニコラ」入門としてこれほど理想的な作品はないのではないか。
世界のアニメーションには、まだまだ未開拓の表現方法があるんだなということを改めて教えてもらったし、「劇場版」とつくシリーズものは欠かさないアニメファンなら、ぜひともこの世界的な絵本の劇場版もフォローしてもらいたいものだ。(藤井克郎)
2023年6月9日(金)から、新宿武蔵野館、ユーロスペースなど全国で順次公開。
©2022 Onyx Films – Bidibul Productions – Rectangle Productions – Chapter 2
フランスのアニメーション映画「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」から。作家のルネ・ゴシニ(右)とイラストレーターのジャン=ジャック・サンペは、2人で国民的な絵本「プチ・ニコラ」を生み出す ©2022 Onyx Films – Bidibul Productions – Rectangle Productions – Chapter 2
フランスのアニメーション映画「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」から。ニコラたちの物語は、フレームをぼかした淡い色彩で描かれる ©2022 Onyx Films – Bidibul Productions – Rectangle Productions – Chapter 2