「雑魚どもよ、大志を抱け!」足立紳監督
足立紳という人は、どちらかというと映画監督よりも脚本家として高く評価されているような気がする。
そもそも世の中に認められるようになったのは、松田優作賞と菊島隆三賞を受賞した「百円の恋」(2014年、武正晴監督)の脚本だったし、その後も「お盆の弟」(2015年、大崎章監督)、「嘘八百」(2018年、武正晴監督)、「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」(2018年、湯浅弘章監督)、「こどもしょくどう」(2019年、日向寺太郎監督)、「アンダードッグ」(2020年、武正晴監督)と人間ドラマからコメディー、社会派まで、幅広く脚本を手がけている。「六畳間のピアノマン」(2021年、NHK)や「拾われた男」(2022年、NHK)といったテレビドラマも話題になったし、今年2023年10月から放送の「ブギウギ」でついにNHKの連続テレビ小説、通称「朝ドラ」に抜擢されるなど、今や国民的な人気脚本家と言っていいだろう。
だが本人はもともと監督志望だったし、これまでも「14の夜」(2016年)、「喜劇 愛妻物語」(2020年)など、巧みな演出力で楽しませてくれている。「14の夜」のときにインタビュー取材をしたが、「監督の裁量で最終的にどういう映画になるかが決まるので達成感は大きいし、魅力的な仕事だと思います」と話していたものだ。
今度の「雑魚どもよ、大志を抱け!」を見ても、やっぱりこの人の演出力、映像センスはすげえな、というのが正直な感想だ。脚本自体は、もう20年以上も前に書いていて、なかなか日の目を見なかったものが基になっているそうだが、キャリアを積み重ねたからこその厚み、深みがスクリーンからにじみ出ていて、ちょうど機が熟した頃合いに映画化が実現したと言えるのかもしれない。
時代は昭和の終わりごろ。地方の町に住む小学5年生の瞬(池川侑希弥)は、ガキ大将の隆造(田代輝)、言葉がつっかえるトカゲ(白石葵一)、ゲームオタクの正太郎(松藤史恩)のクラスメート4人で、毎日を面白おかしく過ごしていた。だが6年生になってクラス替えがあり、4人の関係に微妙な変化が訪れる。トカゲはいじめっ子のアキラ(蒼井旬)にからかわれるようになるが、同じクラスになった瞬は見て見ぬ振りをしてしまう。映画好きの西野(岩田奏)、転校生の小林(坂元愛登)という新しい仲間もできるが、そんな中、別のクラスになった隆造が学校に来なくなる。
ストーリーとしては、瞬たち子ども同士の世界に、勉強しろと口うるさい瞬の母(臼田あさ美)、どこかのんびりした父(浜野謙太)、それに隆造の父親のやくざ(永瀬正敏)ら大人が絡んで、ちょっとした成長物語になっている。次々と現れる登場人物がいずれも濃いキャラクターで、いろんなエピソードを畳みかけてくるし、でも決して取っ散らかることなく盛り上がりを見せ、徐々にゴールに向けて集約されていく。中でもたびたび出てくるトンネルがらみの場面が幻想と現実のはざまを漂うような空気感で、大人でも子どもでもない瞬たちの宙ぶらりんな状況を雄弁に物語る。さすがは名手の手による脚本だわい、と感じ入ることしきりだ。
と同時に、いつまでも心に引っかかる映像面での創意工夫も数多く、何たって冒頭、瞬の妹(新津ちせ)が友達と別れて自宅に帰ってくると外にまで母親が瞬を叱っている大声が聞こえてきて、さらにピアノの練習に向かうと通りの向こうから父親が近づいてきて、という一連の場面をノーカットで攻める豪胆さには驚いた。ほかにも瞬が自転車を走らせると次々と仲間が増えていく一連の動きは、師と仰ぐ相米慎二監督が「セーラー服と機関銃」(1981年)で見せた伝説のバイクシーンに匹敵するほどのわくわくするような長回しで、監督の信念に加えて、撮影の猪本雅三、新里勝也ら、高度な要求に見事に応えたスタッフの頑張りに胸が躍った。
それに何と言っても主役の子どもたちの生きのよさだ。誰もが本当に、この1980年代後半の田舎町を生きているかのようで、どれだけ徹底的にリハーサルを積んだかがうかがい知れる。中学生たちが主人公だった「14の夜」も少年のそのまんまの振る舞いが大いに魅力的だったが、さらに下の年齢がここまで役になりきるなんて、足立監督の演出力のたまもの以外の何物でもない。
朝ドラまで請け負ったからには、今後も脚本の依頼が殺到するに違いないが、ぜひ監督の仕事も引き続き取り組んでいってもらいたいと願わずにはいられない。(藤井克郎)
2023年3月24日(金)から、東京・新宿武蔵野館など全国で順次公開。
©2022 「雑魚どもよ、大志を抱け!」製作委員会
足立紳監督作品「雑魚どもよ、大志を抱け!」から。瞬(右から2人目、池川侑希弥)ら4人は、いつもつるんで遊んでいた ©2022 「雑魚どもよ、大志を抱け!」製作委員会
足立紳監督作品「雑魚どもよ、大志を抱け!」から。瞬(池川侑希弥)は6年生になっていろんな悩み事に直面する ©2022 「雑魚どもよ、大志を抱け!」製作委員会