「逆転のトライアングル」リューベン・オストルンド監督
一度しか行ったことがないけれど、カンヌ国際映画祭はあらゆる映画祭の中でも別格の存在だと思う。上映本数や来場ゲストの数も桁違いだが、何よりも権威づけが半端じゃない。入場パスも細かくランク分けされているし、誰もがふらっと出かけて映画を楽しむという雰囲気からは程遠い。選ばれし者だけが真剣に映画を品定めする場、といった印象がある。
そんな世界最高峰の映画祭の最高賞に当たるパルムドールを、2022年に2作連続で受賞したのが、スウェーデン出身のリューベン・オストルンド監督だ。現代美術をモチーフにした前作の「ザ・スクエア 思いやりの聖域」(2017年)も皮肉たっぷりの際物だったが、今度の「逆転のトライアングル」は、よくこんな撮影ができたもんだと驚くような場面の連続で、いい意味であっけに取られた。
冒頭から意表を突かれる。男性モデルが集められ、何かのオーディションを受けている風なのだが、集合写真を撮る段になって、カメラマンが高級ブランドの「バレンシアガ」と言うと全員の表情がきりっと引き締まり、ファストファッションの「H&M」と言うと全員がにやける。引き締まる、にやける、引き締まる、にやける、が繰り返され、これは何かの暗示か、と計りかねていと、今度はそんな男性モデルの一人、カール(ハリス・ディキンソン)と、その恋人で人気モデルのヤヤ(チャールビ・ディーン)がレストランの支払いをめぐってもめにもめる。男性がおごって当然という態度はいかがなものか、という何ともみみっちいいさかいで、後々、これらのエピソードは作品全体のテーマと無縁ではないことに気づかされるんだけど、本当に後々、なんだよね。
で、メインの物語なんだけど、このカールとヤヤの2人が豪華客船の旅に招待され、鼻持ちならない大金持ちの乗客らと一緒に洋上クルーズを楽しむという展開になり、これがまたとんでもない方向に舵を切っていく。客船のスタッフはみんな責任感が希薄で、中でも船長(ウディ・ハレルソン)はいつも飲んだくれていて、まるで仕事をしない。船長自らが客をもてなすキャプテンズ・ディナーにだけはいやいや顔を出すが、その日はあいにくの悪天候で、しかも大しけの最中に海賊に襲われて船が難破。カールとヤヤら数人が無人島に流れ着くものの、さてどうやって生き延びるか、といったところから映画は核心に入っていく。
それまでのヒエラルキーが崩壊し、逆転現象が起こることによるブラックユーモアは、ぜひとも映画館で楽しんでもらうとして、ストーリー以上に度肝を抜かれるのが、人間の醜さが前面に押し出された情景描写だろう。とりわけ大しけの船内は、無茶しよるなあ、というか、つまびらかにはしないけど、高級ワインやシャンパンをさんざん飲みまくった挙げ句の大嵐だ。船酔いに酒酔い、さらにはお腹の具合も緩んできて、と言ったらある程度の想像はつくだろうが、オストルンド監督の表現力はそのはるか上をいく。揺れに揺れる船内の様子を再現するには、役者もカメラも美術スタッフも、全員が一丸となって大真面目に取り組んだはずで、それでこんなにも下品な映像に仕立てるとは、もはや感動を覚えずにはいられない。
一方でテーマ性はめっぽう深く、底辺には男女格差や人種差別といった深刻な社会問題が横たわっているし、アメリカ人の船長とロシア人の大富豪が酔っ払って激論を交わす場面なんて、古臭いイデオロギー論争を大いに笑い飛ばす。オストルンド監督には2018年4月、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」のプロモーションで来日した際にインタビュー取材をしており、「ユーモアがあって、風刺があって、政治的なアプローチがあって、それらが混在するようなワイルドで楽しい映画を作りたい」と話していたが、まさに今度の作品もその信念に貫かれていると言えそうだ。
権威や品格といったものをこてんぱんに茶化す姿勢は見事としか言いようがないが、そんな作品が権威あるカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝くんだから、何とも皮肉なもんだね。(藤井克郎)
2023年2月23日(木)、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。
Fredrik Wenzel © Plattform Produktion
スウェーデン、ドイツ、フランス、イギリス合作映画「逆転のトライアングル」から。カール(右、ハリス・ディキンソン)とヤヤ(チャールビ・ディーン)の恋人同士は豪華客船の旅に出るが…… Fredrik Wenzel © Plattform Produktion
スウェーデン、ドイツ、フランス、イギリス合作映画「逆転のトライアングル」から。数人がたどり着いた無人島では客船内のヒエラルキーが逆転する Fredrik Wenzel © Plattform Produktion