「光復」深川栄洋監督
深川栄洋監督にインタビュー取材をしたのは2013年だったから、もう9年前のことになる。当時37歳とまだ若手の部類だったものの、「白夜行」(2011年)、「神様のカルテ」2011年)など商業映画の依頼が殺到していた時期で、「プロデューサーが僕を必要と思うならば、なるべく参加したい」と前向きに話していた。
そのときの作品は八千草薫主演の「くじけないで」(2013年)で、30代後半の勝負作になると意気込んでいたことが印象に残っている。深川監督によると、5年に1回くらいの割合で勝負の作品と呼べるものに当たるらしく、長編デビュー作の「狼少女」(2005年)、メジャー初作品の「60歳のラブレター」(2009年)、そして「くじけないで」がかなりのチャレンジだったと打ち明けてくれた。
その後も数多くの商業映画、テレビドラマを手がけてきたが、今度の「光復(こうふく)」は、40代後半に差し掛かった現在の深川監督の紛れもない勝負作中の勝負作と言っていいのではないか。それくらい全身全霊をたたきつけたような相当な問題作に仕上がっていた。
42歳の大島圭子(宮澤美保)は、長野県の実家に認知症の母、安江(クランシー京子)と2人で暮らしている。安江の認知症は日に日に深刻度を増し、ついには徘徊騒動を巻き起こすが、そのことがきっかけで高校の同級生だった横山賢治(永栄正顕)と再会。賢治は介護に追いまくられる圭子の生活ぶりを知って、ときどき自宅を訪れては面倒を見てくれるようになるが、そんなある日、安江が急死して圭子に殺人の嫌疑がかけられる。
と、ここから怒涛のように不幸が圭子の身に襲いかかってくるのだが、まあ実に現在の日本を覆うありとあらゆる社会問題がてんこ盛りで、この雪だるま式の展開には唖然とせざるを得ない。介護、冤罪に加えて、生活保護、不倫、性暴力と次から次へと繰り出される不幸の数々はリアルな現実なんだけど、その描写はちっともリアルじゃないというのがこの映画のみそだろう。映像的には、もう見たくないと思えるようなどぎつい表現のオンパレードで、例えば安江の認知症の症状は手づかみでくちゃくちゃ音を立てて食べるわ、排泄物をヘルパーに投げつけるわ、とにかく絶望的に暗く汚い。
こんなのは序の口で、さらに想像を絶するものへとエスカレートしていくのだが、そのぶっ飛び具合はぜひとも映画館で確かめてもらいたい。ただ、どうしてここまで不幸が降りかかるのか、なぜこんなにもひどい描写なのか、といった答えが示されることはない。終盤、寺の住職が事物の根本原理である「空」について長い説教を垂れ、おぼろげながらわかったような気がした直後、またもとんでもない進展が待っているに至っては、これはもう常人には計り知れない深い闇が横たわっているとしか言いようがない。作品の冒頭、生活保護を担当する役場の職員が語る「喜べば喜びごとが喜んで喜び連れて喜びに来る」の「喜び」は「苦しみ」などどんな言葉にでも置き換わるというせりふがあるんだけど、これが作品のすべてを物語っているのかもしれないね。
実はこの「光復」、深川監督が原点に回帰して自主制作で取り組んだ「return to mYselFプロジェクト」2作品のうちの1本で、10月に公開された「42-50 火光(かぎろい)」がsideA、こちら「光復」がsideBとなっている。sideAは深川監督を彷彿とさせる中年男性を主人公にユーモアをちりばめてほんわかとした雰囲気が漂っていたが、このダークな作品と裏表と考えると何とも感慨深い。
両作品ともに主役を演じている宮澤美保は深川監督の妻で、まさに監督の妻ならではの熱演ぶりにも圧倒される。女子高校演劇部を舞台にしたあの珠玉の青春映画「櫻の園」(1990年、中原俊監督)で、1年後輩のけなげな舞台監督だった城丸さんが、と思うと、さらに感慨を覚えた。(藤井克郎)
2022年12月9日(金)から、ヒューマントラストシネマ有楽町、下北沢トリウッドなど全国で順次公開。
©2022 スタンダードフィルム
深川栄洋監督作品「光復」から。次から次へと不幸に見舞われる圭子(宮澤美保)だが…… ©2022 スタンダードフィルム
深川栄洋監督作品「光復」から。圭子(宮澤美保)は母親殺しの嫌疑をかけられる ©2022 スタンダードフィルム