「アイネクライネナハトムジーク」今泉力哉監督

 世に群像劇なる映画はあまたあるが、中でも楽しいのは、この人とこの人がこんな意外なところでつながっている、といった趣向の作品だ。有名なところでは、「ラブ・アクチュアリー」(2003年、リチャード・カーティス監督)や「ニューイヤーズ・イブ」(2011年、ゲイリー・マーシャル監督)などがあるが、これらがごく短期間の物語であるのに対し、今泉力哉監督が伊坂幸太郎の小説を映画化した「アイネクライネナハトムジーク」は時間が10年も飛んでいる。横糸と縦糸が複雑に絡み合った構成で一級の娯楽作品に織り上げるなんぞは、さすが「愛がなんだ」(2019年)が大ヒットするなど乗りに乗っている今泉監督だけのことはある。

 舞台は仙台。劇的な出会いに憧れる会社員の佐藤(三浦春馬)はある夜、街頭アンケートで駅前に立っていると、リクルートスーツ姿の本間紗季(多部未華子)を見かける。声をかけるとアンケートに応えてくれたが、2人の間に特別なことは何も起こらない。大型ビジョンでは、日本人初となるボクシングのヘビー級チャンピオンが誕生するかどうかの世紀の一戦が始まろうとしていた。

 これに、佐藤の大学時代の親友、織田(矢本悠馬)とその妻の由美(森絵梨佳)、佐藤の会社の先輩(原田泰造)、由美の友人(貫地谷しほり)と彼女が働く美容室の客(MEGUMI)、その弟(成田瑛基)、さらには10年後、高校生になった織田の長女(恒松祐里)らも絡んで、10年越しの出会いのドラマが展開する。確かに「この人とこの人にこんなつながりが」という発見はあるものの、これ見よがしに強調するのではなく、気がつく人は気がつけばいいという感じでさらっと流す。

 それよりも映画が主眼に置くのは出会いの大切さで、運命の出会いというものはあるのか、出会いは必然なのか、出会ったことは幸せだったのかを登場人物の一人一人に、そして観客の一人一人に問いただす。映画に出てくる人たちはみんな心根が優しく、でもなかなか気持ちを正直に打ち明けることができない。そこからどう一歩を踏み出すか。後悔するんじゃないぞ。そんなメッセージが、決して声高にではなく、でも画面の端々から確実に伝わってくる。

 特に達者だなと感じるのは10年を隔てたエピソードの絡ませ方で、ボクシングの試合を中心点に時間軸を巧みに配する。その試合の場面も、決して大人数の観客をそろえたわけではないのに、世界戦という大一番の雰囲気を醸し出していて、演出の工夫の跡が見て取れる。何よりも、あれだけ大勢の群像劇なのに、一人一人が誰かを大切に思う気持ちがそれぞれ丁寧に描かれていて、観ているこちらも幸せな気分にさせてもらった。(藤井克郎)

 2019年9月20日、全国公開。

©2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

映画「アイネクライネナハトムジーク」から。街頭アンケートで佐藤(右、三浦春馬)は紗季(多部未華子)に声をかける ©2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

映画「アイネクライネナハトムジーク」から。佐藤(右、三浦春馬)は会社の先輩の藤間(原田泰造)に劇的な出会いについて尋ねる ©2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会