「喝風太郎!!」柴田啓佑監督
記者稼業をしていて喜びを感じることの一つに、取材した人の躍進する過程を追う楽しみがある。30代前半で初めて映画担当になったころに出会った同世代の監督で、現在は日本映画を代表する傑作、快作を生み出している人を見ると、何だか我がことのようにうれしい。園子温監督なんか、一緒に渋谷の街を駆けずり回ったりしたもんなあ。
柴田啓佑監督にも、割と早い段階で取材をさせてもらっている。田辺・弁慶映画祭(和歌山県田辺市)でグランプリや市民賞などを受賞した30分の短編「ひとまずすすめ」(2014年)が、2015年にテアトル新宿で公開されるのを前にインタビューしたが、「上映時間が30分以下か30分以上を出品条件にしている映画祭が多く、どちらにも応募できるようにきっかり30分にした」と聞いて、前向きな貪欲さを頼もしく感じたものだ。
今年6月には、ENBUゼミナール主催の企画「シネマプロジェクト」で作られた初の長編「あいが、そいで、こい」(2019年)が封切られたばかりだが、今度は漫画原作の商業映画である。いやいや、着実に階段を上っているようだ。
この「喝風太郎!!」は、「男一匹ガキ大将」などでおなじみのベテラン漫画家、本宮ひろ志が2016年まで連載していた人気コミックを映画化。型破りな僧侶の風太郎(市原隼人)が、悩みを抱えた人たちの人生を、破天荒な方法でちょっとだけ前向きにとらえられるようにしてやるという熱血娯楽作品だ。
風太郎に救われるのは、家庭にも会社にも居場所のない社畜サラリーマンの末吉(近藤芳正)、ネット依存症の自称インフルエンサー、詩織(工藤綾乃)、カモを見つけては幸運のお守りを売りつけているお調子者の健司(藤田富)の3人。彼らは、風太郎が現れたことで微妙に絡み合っていくのだが、ストーリーを時系列に追うのではなく、1人のエピソードを描いたら時を戻してまた次の人、といった具合に3回繰り返される。言ってみればクエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」(1994年)のような手法なんだけど、逆回転を駆使して説明過多に陥らないようにするなど、テンポ感といいカメラワークといい、さまざまな工夫が施されている。何よりワクワク感が別角度で3回も楽しめるどころか、徐々に増幅していくというのがいい。
娯楽性を追求する一方、過剰な情報に踊らされ、格差がますますエスカレートする現代社会への風刺も込められており、大笑いしながらも決して笑えない現実が裏に横たわっていることに気づく。末吉の会社では社員がみんな机の下で電話をかけているというのも、笑いを通り越して不気味さが漂う。社員を社員とも思わぬ企業の傲慢さが透けて見えて、ぞっとさせられる。
さらに何といっても、市原演じる風太郎の人物像が魅力的だ。決して漫画チックに誇張してはおらず、でも突き抜けたヒーロー感をたっぷりと匂わせる。柴田監督の新たな一面を存分に堪能させてもらった。(藤井克郎)
2019年11月1日からTOHOシネマズ日比谷など全国順次公開。
©本宮ひろ志/集英社 ©2019株式会社浜友商事
映画「喝風太郎!!」から、主役の風太郎を演じる市原隼人 ©本宮ひろ志/集英社 ©2019株式会社浜友商事
映画「喝風太郎!!」から。ネット依存症の詩織(中央、工藤綾乃)は、風太郎によって…… ©本宮ひろ志/集英社 ©2019株式会社浜友商事