「天空の結婚式」アレッサンドロ・ジェノヴェージ監督

 近ごろは新型コロナウイルスの影響もあって、自宅にこもって映画を楽しむ人が増えているのだろうけど、やっぱり映画の醍醐味って真っ暗闇の中で誰か知らない人と一緒にスクリーンを見つめることにあると思う。そんなに悲しくもないのに近くですすり泣きの音が聞こえると、あれ、そういう感性の人もいるんだなと気づかされたり、どこからかいびきが漏れてくると、こんなにいいシーンなのになんてもったいないとほくそ笑んだり、それもこれも含めて映画館で過ごす時間すべてが貴重な映画体験なのだ。

 マスコミ向けの試写会でも変わらない。本当にすごい映画のときは、試写室内の空気がまるで違って感じることがあるし、そういう場にいることができただけでも幸せな気分にさせられる。それって決して一人で鑑賞するときには味わえない感覚だ。

 イタリア製のコメディー「天空の結婚式」を見たときは、大使館関係者なのか、イタリア人と思しき男女4人が隣の席に陣取っていた。上映開始ぎりぎりまで陽気にべらべら話し込んでいて、ん、これは迷惑客かも、と心配していたら、あに図らんや、母国人だからこその笑いのツボにはまったみたいで、こちらもつられて大笑いさせてもらうという、至福のひとときを過ごすことができた。

 映画の主人公は、ドイツ・ベルリンに暮らすイタリア人俳優のアントニオ(クリスティアーノ・カッカモ)。同居している同じイタリア人の役者仲間、パオロ(サルヴァトーレ・エスポジト)にプロポーズして受け入れられるが、問題はイタリアの小さな村に住む家族だった。果たして両親は男性との結婚を許してくれるのか。キリスト教のお祭りで帰省するときに何とか言い出してみるというアントニオの提案に、パオロは一緒についていくと言って譲らない。こうしてアパートの大家の女性、ベネデッタ(ディアーナ・デル・ブッファロ)と、ひょんなことから知り合った女装趣味の中年男、ドナート(ディーノ・アッブレーシャ)も加わって、アントニオの故郷で天空の村として知られるチヴィタ・ディ・バニョレージョに向かうことになる。

 まず同性婚という繊細なモチーフで、ここまで徹底的に笑い飛ばすコメディーを作ろうとした姿勢に感服する。日本だと、性的少数者(LGBTQ)についてはもっとまじめに取り上げるべきなんじゃないかとの懸念が起こりそうだが、舞台俳優出身のアレッサンドロ・ジェノヴェージ監督は、外国人難民や地方の過疎化、高齢化社会などテーマの幅を広げることで、ハードルを軽やかに乗り越える。世の中にはLGBTQをはじめ、さまざまな問題で悩んでいる人は数多い。でも自分を信じて前向きに取り組めば、きっと思いは通じるはず。そんな人生賛歌のメッセージが見え隠れする。

 と言いつつも、ちっとも深刻にならないのがジェノヴェージ監督流なのだろう。中でも女装趣味のドナートの存在が秀逸で、気のいいおっさんなのに心配性というキャラクターも相まって、常に物語の流れを爆笑の渦に向かわせる。取ってつけたような登場の仕方なのに、こんなにも重要な役割を負っていようとは、実に奥が深い。

 さらに隣席の4人組がどっかんどっかん笑い転げていたのが、結婚式を取り仕切るウェディングプランナーのエンツォ・ミッチョなる人物が出てきたときだ。どうやらイタリアでは知らない人はいないというほどの人気者らしく、本人役でノリノリの演技をする。何がそんなにおかしいのかよくわからないんだけど、試写室にとどろき渡る笑い声を聞いていると、それだけでうきうきした気分になる。

 宮崎駿監督の名作アニメーション「天空の城ラピュタ」(1986年)のモデルともいわれるチヴィタ・ディ・バニョレージョの風景もすばらしく、さらにラストの仕掛けにはあっと驚かされる。もともとは2003年に初演されたオフ・ブロードウェイの大ヒット舞台が原案だそうだが、これはもう見事に別次元のコメディー映画として確立していたと思う。

 ところで、提供という立場でこの作品を日本に橋渡しをしたのは、日本イタリア映画社という会社だ。代表取締役を務める黒崎政夫さんは、それまで映画とはまるで無縁の生活だったが、飛行機内で見た1本のイタリア映画にほれ、60歳を過ぎて一念発起。映画学校に通って配給のノウハウを学び、日本公開に漕ぎつけた。

 その「最初で最後のキス」(2016年、イヴァン・コトロネーオ監督)が公開されたときに黒崎さんに取材をしたが、「実現できたのはひとえに情熱ですね」と笑顔で答えてくれた。1本だけなら勢いで何とかなるかもしれないが、2本目となるとさらに困難もあるはずだ。作り手の思いだけでなく、こういう隠れた情熱も「天空の結婚式」には込められているのかと思うと、さらに感慨深い。(藤井克郎)

 2021年1月22日(金)からYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シネマカリテなどで順次公開。

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イタリア映画「天空の結婚式」から。アントニオ(左、クリスティアーノ・カッカモ)はパオロ(サルヴァトーレ・エスポジト)との結婚を願うが…… © Copyright 2017 Colorado Film Production C.F.P. Srl

イタリア映画「天空の結婚式」から。天空の村として知られるチヴィタ・ディ・バニョレージョが舞台になっている © Copyright 2017 Colorado Film Production C.F.P. Srl