「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」谷垣健治監督

 正直に言うと、香港のクンフー映画はそんなに得意ではない。もっとも中学時代はブルース・リーの全盛期で、熱狂的なファンだった同級生に連れられて「ドラゴンへの道」(1972年、ブルース・リー監督)の封切りを見にいくなど、一通りの洗礼は受けている。当時はビデオテープがまだ普及していなかったころで、奴の家に遊びにいくと「燃えよドラゴン」(1973年、ロバート・クローズ監督)の名場面が録音されたLPレコードを嫌というほど聞かされた。おかげで「We need emotional content.」とか「It is like a finger pointing away to the moon.」といった決めぜりふは、今も脳裏に刻み込まれている。

 だが後に続くクンフースターに関してはさっぱりで、ジャッキー・チェンがハリウッド映画に出ているのをときどき見ているのが関の山。巨体にもかかわらず切れのあるアクションで人気のあったサモ・ハン・キンポーの作品もほとんど見ていない。

 現在の最高峰クンフースター、ドニー・イェンが主役を張る新作「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」は、サモ・ハンが監督、主演を務めた「燃えよデブゴン」(1978年)にオマージュをささげた作品だ。とは言え、主人公が太っていて、原題(肥龍過江)、英題(Enter the Fat Dragon)が同じというくらいのようで、作品自体はオリジナリティーに彩られた抱腹絶倒のコメディーに仕上がっていた。

 香港警察の熱血刑事、フクロン(ドニー・イェン)は、度を過ぎた追跡捜査のために閑職の証拠品保管室に異動させられる。現場で肉体を酷使することのないフクロンは暴飲暴食を重ねた結果、66㎏の体重はみるみる120㎏を超えてしまった。そんなとき、ある事件の重要参考人になっているAV監督を日本に送り届けるという任務が与えられる。気乗りのしないフクロンだったが、現場復帰もありうるという甘言に乗せられ、参考人とともに東京へと向かうが……。

 というストーリーを追うよりも、この手の映画は笑いとアクションで楽しむに限る。実際に太っていたサモ・ハンと違い、鍛え抜かれた体躯のドニーは、特殊メイクとファットスーツで太っているように見せているが、そんな負荷を感じさせないキレキレの動きは驚きの一言だ。新宿歌舞伎町を模したセットで、階段の踊り場から窓をつたって何十人もの敵と格闘を繰り広げる香港映画お得意のアクロバティックなアクションも、まるで何も装着していないかのように軽々とこなす。東京タワーの鉄骨の上での死闘も見応えたっぷりだし、素肌を一切見せないファットスーツ姿にもかかわらず、ここまでの躍動感をみなぎらせるとは、さすがは当代一のアクションスターだけのことはある。

 同時に笑いの要素もたんまりで、これには個性的な共演者が大いに貢献している。中でも日本の刑事を演じた竹中直人のヅラギャグは、名作「Shall we ダンス?」(1996年、周防正行監督)へのリスペクトが込められていて日本人としてはうれしい限り。ほかにも渡辺哲、バービーといった日本人出演者が、テレサ・モウ、ニキ・チョウ、ウォン・ジンら香港の俳優たちと絡んでいい味を出している。

 アクション監督としてドニーとは長いつきあいの谷垣健治監督は、香港仕立ての目まぐるしく場面を切り替える快調なテンポでぐいぐいと押し切り、ひとときも飽きさせない。さらに感涙ものは、音楽にブルース・リーの「ドラゴンへの道」のメロディーを起用していることだ。アクションシーンも含め、ブルース・リーへの敬意が随所にあふれていて、往年のクンフー映画ファンへの目配せも行き届いている。コロナ禍にあって閉塞感が漂う中、まさにお正月に楽しむ映画としてはうってつけの1本と言えるだろう。

 ところで、またまた正直に打ち明けると、実はドニー・イェンと谷垣監督には、前に一度会ったことがある。ドニーが監督、主演を務めた「ドニー・イェン COOL」(1998年)が1999年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭にノミネートされ、この映画にスタントとして参加した谷垣監督と一緒に来日したとき、東京のキャピトル東急ホテルでインタビューをした。まだ正式な邦題も公開時期も決まってはいなかったものの、これからのクンフー映画界を背負って立つ期待の星による意欲作という触れ込みだった。

 ただ残念ながら、作品の印象はほとんど残っていない。自分が書いたインタビュー記事によると、ドニーは「アクションも美術や音楽などの芸術面と同じ流れの中で考えて、オーケストラのように映画を作っていった」と語り、谷垣さんも「この映画はすでに香港映画というジャンルを超えている」と絶賛しているのだが、何となく高尚すぎていたような気がする。その点で言うと、今回の「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」は単純明快なアクション娯楽作で、やっぱりこっちの方が当方の性には合っているのかもね。(藤井克郎)

 2021年1月1日(金)から、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。

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谷垣健治監督の香港映画「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」から。太ったメイクを施したドニー・イェンによるキレキレのアクションが炸裂する ©2020 MEGA-VISION PROJECT WORKSHOP LIMITED.ALL RIGHTS RESERVED.

谷垣健治監督の香港映画「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」から。築地市場に潜入したフクロン(ドニー・イェン)は…… ©2020 MEGA-VISION PROJECT WORKSHOP LIMITED.ALL RIGHTS RESERVED.