「海辺の映画館-キネマの玉手箱」大林宣彦監督

 今年2020年4月に82歳でこの世を去った大林宣彦監督には尽きせぬ思いがある。

 その名を初めて認識したのは大学生のころだった。映画青年ではなかったが、当時公開中の「転校生」(1982年)がどうしても見たくて、大学に近い大塚駅前の古い映画館に足を運んだ。封切りからだいぶ経っていたのに通路までぎっしりの超満員で、最後列の後ろに二重にも三重にも人が連なっている。そんな密な空間で壁にへばりつくようにして見たが、真ん前に立っている女子高生が、しきりにちらちらと振り返ってにらんでくるのには閉口した。鞄がお尻に触れていたのかもしれないけど、断じて痴漢じゃないからね。

 映画はもちろん大満足。続く「時をかける少女」(1983年)も大好きな作品で、夕刊フジの入社試験を受けたとき、身上書の「感銘を受けた映画」の欄には、迷わずこの原田知世主演のアイドル映画を書き込んだものだ。

 やがて新聞記者となり、文化部で映画担当になって、ついに大林監督本人に会う機会が訪れた。ちょうど「青春デンデケデケデケ」(1992年)が公開される前で、監督インタビューを書きたいと思ったが、デスクが厳しい人、というか実に深い人だった。「大林監督のインタビュー記事はこれまでにもいっぱい載っているし、1人の人物に話を聞いて記事にするのは誰だってできる。独自の記事を書いてみろ」

 ということで、ちょっと変わった切り口からこの映画のことを取り上げて、デスクに褒められた記憶がある。近年の映画製作をめぐる環境に触れる記事だったが、もちろん大林監督にも取材して、念願の出会いを果たすことができた。

 その後もインタビューはしていないが、何度かいろんな現場で絡んでいる。「あの、夏の日 とんでろじいちゃん」(1999年)のときは、映画の舞台の広島県尾道市に仮設された船舶映画館での先行上映の模様をルポ。2015年2月には、大林監督が名誉教授を務めて大分県臼杵市で開かれた臼杵古里映画学校の授業風景を取材するなど、大林監督の映画に寄せる愛情、情熱をつぶさに見てきた。

 前置きが長くなったが、遺作となった「海辺の映画館-キネマの玉手箱」には、そんな大林監督が産み出してきた作品たち、大林監督が抱く映画への熱い思いがぎっしりと詰まっている。大林監督の集大成であると同時に、これまで縁遠かった人には大林作品の入門書になっていると言えるかもしれない。

 舞台は監督のふるさと、尾道。海辺にある古い映画館はこの日、戦争映画のオールナイト興行を最後に閉館となる。映画を見ていた毬男(厚木拓郎)、鳳介(細山田隆人)、茂(細田善彦)の若者3人は、いつの間にかスクリーンの中に入り込み、江戸幕末から戊辰戦争、日中戦争、第二次世界大戦へと続く日本の戦争の歴史をたどる。戦争では、いつの時代も若い希子(吉田玲)ら女性たちが犠牲になっていた。

 そんな大筋を、大林監督は原色とモノクロが目まぐるしく錯綜する映像美に、絶え間なく流れる音楽、さらにはミュージカル調の演出や無声映画を想起する字幕など、ありとあらゆる映画的工夫を凝らして織り上げる。考えるいとまも与えぬ切り替えの速さに、これまでの大林作品を彩った豪華出演陣のチラ見せなど、ちょっとでもスクリーンから目を離すことができないほどエネルギッシュで若々しい。がんで余命宣告を受けた80代の監督が撮ったとは思えない活力にみなぎる。

 一方で、作品全体に通底するのが戦争への警鐘だ。戦争になると個人の意思や良心などは吹っ飛んで、どんな人間でも生き延びるために人を殺さざるを得なくなる。そのことに気づいたときはもう遅いのだと、最後の戦争体験世代である監督は声を大にして訴える。風刺のきいた映像をばんばん入れ込んで、戦争の愚かさ、罪深さをあぶり出す。そして映画関係者へ呼びかける。それを描くことができるのが、映画という芸術であり、映画という娯楽なのだ、と。

 常に穏やかで優しい笑みを絶やさなかった大林監督だが、一度だけ怒声を張り上げた瞬間を目撃したことがある。

 2015年に開かれた臼杵古里映画学校は、大ホールのステージに映画セットを組んで、実際に映画を撮影する様子を客席にいる市民に見せながら、大林監督が解説するという公開ワークショップが目玉だった。そのときは、ちょっと客席がざわついていた。と突然、舞台から監督が怒鳴り声を上げた。「誰だ、役者が命をかけているときにしゃべっているのは!」

 映画に込められた大林監督の命をかけた声に、静かに耳を傾けたい。(藤井克郎)

 2020年7月31日、全国で公開。

©2020「海辺の映画館-キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

大林宣彦監督作「海辺の映画館-キネマの玉手箱」から。ミュージカル調の展開で戦争の無意味さがつづられる ©2020「海辺の映画館-キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

大林宣彦監督作「海辺の映画館-キネマの玉手箱」から。鮮やかな色づかいとモノクロ画面の対照が印象的 ©2020「海辺の映画館-キネマの玉手箱」製作委員会/PSC