「白の花実」坂本悠花里監督
2025年も残すところ後1週間となった。映画界で今年最大のニュースと言えば、やはり何と言っても「国宝」(李相日監督)の大ヒットだろう。試写室と劇場で都合2度、見ているが、確かに吉沢亮と横浜流星のたたずまいはまさに国宝級の見事さだったし、映像の美しさ、カメラワークの巧みさにも魅入られた。とは言え、記録を塗り替えるほどの興行収入を上げることになろうとは思いも寄らなかったし、この人気がほかの映画にそれほど波及していないのも残念と言うしかない。
ただ李監督作品は長編第1作の「BORDER LINE」(2002年)を公開初日の1回目の上映時に、当時は東京・渋谷の桜丘にあったユーロスペースで見て以来、ずっとフォローしている身としては、ここまで来たかと感慨深いものがある。「BORDER LINE」も、その後、栃木県栃木市の蔵の街かど映画祭で見た日本映画学校卒業制作作品の「青~chong~」(2000年)も、若者らしいひりひりした感覚にあふれ、しかもぐいぐい引き込んでいく力があって将来を楽しみに感じたものだ。けだし、栴檀は双葉より芳し、である。
これだから若手監督作品の追っかけはやめられない。今年も生きのいい新人監督が何人も長編映画デビューを果たしたが、トリを飾るのが坂本悠花里監督だ。坂本監督は1990年の生まれで、女性監督作品を集めたオムニバス映画「21世紀の女の子」(2019年)の1編「reborn」を監督するなど、すでに短編でのキャリアは十分だが、満を持して初長編に挑んだ「白の花実」は、思春期特有のもやもやとした名状しがたい心情が繊細につづられていて、若いうちでないと作ることができないようなみずみずしい作品に仕上がっている。
主人公の杏菜(美絽)は人間関係をうまく築くことができず、何度も転校を余儀なくされてきた。教育熱心な母親(河井青葉)によって、今度は規律の厳しいキリスト教の学校に無理やり入れられ、寄宿生活を送ることになる。この学校では、クラス全員でダンスに取り組み、発表会で披露することになっていた。相変わらず先生にもクラスメートにもなじめない杏菜だったが、ダンスが上手で勉強もできる相部屋の莉花(蒼戸虹子)とだけは徐々に心を通わせていく。
だがある日、莉花が突然、屋上から飛び降りて、命を絶つ。後には莉花が人知れず悩みを書きつづっていた日記が残された。この日記を巡る謎解きを主軸に、杏菜、莉花、そして莉花の幼なじみで、彼女の死を受け入れられない栞(池端杏慈)の3人それぞれの思いと、彼女たちの親や担任教師の澤井(門脇麦)ら大人との葛藤が紡がれる。
ユニークなのは、杏菜はどうやら霊が見えるという設定なのだが、その霊の姿は描かれない。ただときどきぼーっとした光の玉のようなものが現れては、杏菜をいざなう。ほかにもたびたび差し挟まれる少女たちのダンスは音楽を伴わず、自宅での家族の会話や学校の講堂で開かれる保護者会なども、リアルなはずなのにどこかふわっとした幻想的な空気感が漂う。怖がらせるのとは違う、でもどこか異質な質感が作品を支配していて、坂本監督に何らかの意図があることは明らかだ。その狙いを汲み取って、余計な技巧に走ることなくしっかりとした人間目線で彼女たちを捉えている渡邉寿岳カメラマンの撮影が光る。
思うに、杏菜たち3人の悩みは、「自分はどう生きるのか」といった誰もが思春期に直面するもので、でも映画の中のせりふにもあるように、大人になるにつれてうまく折り合いをつけるようになる。そうしてどんな悩みがあったかなんてすっかり忘れて日々の生活に追われてしまうのだが、坂本監督は、まだ記憶が薄れていく前に、そんな10代特有の悩みを何とか映像作品として残しておきたいと思ったのではないか。杏菜も栞も莉花も坂本監督自身であり、またわれわれ一人一人でもある。確かに10代のころは、はっきりと理由はわからないのに、うれしかったり、怖かったり、絶望的になったりしたものだ。ということが、この映画を見ているうちに思い起こされて、だからこんなにもいとおしい気持ちになるのかもしれない。
この感触は、まだ20代のころに見た「1999年の夏休み」(1988年、金子修介監督)に似ている。全寮制の男子校で起きた事件を巡る人間関係を少女たちが演じるという異色の作品だったが、当時30代はじめだった金子監督も、主人公たちとそれほど年が離れていないうちに、10代のみずみずしい感性を何とかフィルムに刻みたいと思っていたに違いない。こうしてステップを踏んで重鎮になった今も第一線で活躍し続けているし、「国宝」の李監督も日本を代表する名匠へと上っていった。坂本監督が10年後、20年後、どんな作品を撮っているか、楽しみで仕方がない。(藤井克郎)
2025年12月26日(金)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷など全国で順次公開。
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坂本悠花里監督「白の花実」から。杏菜(中央、美絽)、栞(左、池端杏慈)、莉花(右、蒼戸虹子)3人の思いが交錯する ©2025 BITTERS END/CHIAROSCURO

坂本悠花里監督「白の花実」から。杏菜は寄宿舎学校に転校するが…… ©2025 BITTERS END/CHIAROSCURO
