「グランドツアー」(ミゲル・ゴメス監督)

 ポルトガル出身のミゲル・ゴメス監督のことは、これまで寡聞にして知らなかった。今度の新作もどんな作品なのか全く予備知識がなかったが、昨年2024年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞しているという興味だけで試写会に足を運んだ。何しろカンヌの監督賞と言えば、古くはルネ・クレマンにルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンにイングマール・ベルイマン、フランソワ・トリュフォーと、映画史を彩る名匠がずらっと名前を連ねている。近年もオリヴィエ・アサイヤス、レオス・カラックス、パク・チャヌク、トラン・アン・ユンと、映画ファンにはおなじみの先鋭的な監督ばかりだ。

 で、そのゴメス監督の「グランドツアー」だが、いや、こういう表現もありなんだな、と認識を新たにしたというか、構成も演出も映像もかなり革新的な試みがなされていて、やっぱりカンヌの監督賞は伊達じゃないな、と改めて実感した。

 物語は1918年、ビルマ(現ミャンマー)の古都、マンダレーから始まる。イギリスの公務員、エドワード(ゴンサロ・ワディントン)は本国に婚約者のモリー(クリスティーナ・アルファイアテ)を残して単身、ビルマに来ていたが、モリーがロンドンからやってくるとの知らせが入る。実はエドワードはモリーとの結婚から逃げていたのだが、しびれを切らしたモリーがもう待てないと強硬手段に出たのだ。モリーが到着する直前にビルマを抜け出したエドワードは、シンガポール、タイ、ベトナム、フィリピン、日本と逃げ回り、最後は中国に上陸し、上海から重慶行きの船に乗る。

 と、ここまでのグランドツアーには、モリーは話に上るだけで姿を現さない。モノクロの画面でエドワードと各地の人々とのやり取りがつづられるのだが、映像と音声がまるで一致していないことが多く、何とも不思議な雰囲気で物語が推移する。何しろ映像ではエドワードの逃走劇の一側面しか映し出さず、ストーリーの流れは映像とシンクロしないナレーションで語られる。それもエドワードが訪ねる各地のそれぞれの言語で語られており、極めて大胆な演出だ。

 さらにちらっちらっとアジア各地の都市の現在の風景が差し挟まれるというのも異色極まりない。エドワードが旅したところは、今はこんなふうになっていますよ、とでも言いたげな唐突な挿入で、加えて各地に伝わるさまざまな人形劇の一場面がまた唐突に差し挟まれる。あやつり人形だったり、影絵だったり、演者の腕と脚を駆使したわら人形だったり、とその表現形態はバラエティーに富んでいて、あたかも民俗博覧会のような趣がある。

 一方で、エドワードがシンガポールからバンコクに向かっていた列車が脱線、転覆したり、大阪ではスパイに疑われたりするなど、ツアーの先々ではそれなりの出来事も起こる。そして重慶で船を降りたエドワードがジャイアントパンダの生息する山に向かうところでいきなりモリーの物語に切り替わり、今度は彼女の目線でエドワードを追いかけるグランドツアーが展開する。

 この追いつきそうでなかなか追いつかない2人のすれ違いは、基本的にはモノクロ画面で推移するのだが、けたたましく路上を駆け抜ける車やオートバイ、林立する高層ビル群など現代の都市の映像はカラーで描かれる。かと思えば、四川省の霧の中にたたずむ野生のパンダなど、明らかに現在の風景なのに物語に絡み合ってくる映像はモノクロだ。この揺らぎは計算ずくとも思えるし、感性に任せているような気もするし、うーん、ゴメス監督の映像魔術にすっかりはまってしまった感じがする。

 ストーリーはそれほど難解ではなく、しかもエドワード編とモリー編の2度、同じ地域を違った視点でたどることができ、アジア各地の旅情をたっぷりとかき立てられる。と同時に、100年の時を超えた見知らぬ過去への時間旅行も体感させてくれる。グランドツアーとは、もともとは17世紀から19世紀にかけてイギリスの貴族の間ではやった長旅のことを指すようだが、20世紀初頭にはイギリス領だったインドからアジア各地を巡るグランドツアーが欧米人の間で人気だったそうだ。今や海外旅行はちっとも珍しくはなくなったが、時空間をまたいで自由に空想の世界を旅することができるのは、映画ならではの醍醐味かもしれないね。(藤井克郎)

 2025年10月10日(金)から、東京・日比谷のTOHOシネマズ シャンテ、渋谷のBunkamuraル・シネマ渋谷宮下など全国で順次公開。

© 2024 – Uma Pedra No Sapato – Vivo film – Shellac Sud – Cinéma Defacto

ミゲル・ゴメス監督のポルトガル、イタリア、フランス、ドイツ、日本、中国合作「グランドツアー」から。逃げるエドワード(右、ゴンサロ・ワディントン)と追うモリー(クリスティーナ・アルファイアテ)のすれ違いの物語が展開される © 2024 – Uma Pedra No Sapato – Vivo film – Shellac Sud – Cinéma Defacto

ミゲル・ゴメス監督のポルトガル、イタリア、フランス、ドイツ、日本、中国合作「グランドツアー」から。大阪をはじめ、アジア各都市の今の風景も差し挟まれる © 2024 – Uma Pedra No Sapato – Vivo film – Shellac Sud – Cinéma Defacto