「海辺へ行く道」横浜聡子監督

 どうにもストーリーが書きにくい、という映画がある。決して難解なわけではないんだけど、あえてストーリーにこだわらないというか、ストーリーを追うような作品ではないというか、でもめちゃめちゃ面白くて、とにかく見てちょうだい、と声を大にして言いたくなる。そういう映画に出合った日には、さあて、どうやってこの魅力を文字で伝えるか、大いに悩み、頭をかきむしらざるを得ない。

「海辺へ行く道」は、「ウルトラミラクルラブストーリー」(2008年)や「いとみち」(2021年)など、出身地の青森を舞台にした独創的な作品で評価の高い横浜聡子監督が、瀬戸内のぬくぬくほんわかした風景の中、シュールな笑いを盛り込んで織り上げた異色作だ。コメディーと言えばコメディーなんだろうけれど、一筋縄ではいかないというか、笑いのツボが見る人の数だけ多種多様にある感じがして、文字にしにくいことこの上ない。でも、とにかく見てちょうだい、とだけ言うわけにはいかないもんね。

 中学生の奏介(原田琥之佑)は、後輩の立花(中須翔真)とともに美術部の活動に精を出していた。造形物を出展した合同美術展に行くと、ある怪しげな男(諏訪敦彦)に声をかけられ、名刺を渡される。Aと書かれた男のオフィスを訪れると、Aから人魚の模型を作ってほしいと依頼される。先輩の卒業生、テルオ(蒼井旬)の工房に顔を出した奏介は、テルオに人魚制作について相談をするが……。

 とまあこんなふうに、奏介を巡っていろんな大人たち、子どもたちがどことなくアートっぽい日常風景を繰り広げるという作品で、何か一本の芯の通った物語が紡がれるわけではない。不動産会社の女(剛力彩芽)に、彼女の斡旋で引っ越してきた包丁を実演販売する男(高良健吾)と、つばの長すぎるサンバイザーをかぶった女(唐田えりか)のカップル、男から包丁を買った奏介の母親(麻生久美子)に、海岸にパラソルを立てて弁当を販売している女(坂井真紀)、その弁当を買いにくるウェットスーツ姿の男(宮藤官九郎)、借金の取り立てで故郷に帰ってきた女(菅原小春)、海沿いの家に身を隠しているアーティストの男(村上淳)と、一癖も二癖もある大人たちが入れ代わり立ち代わり現れる。子どももテルオの妹(新津ちせ)や新聞部の平井(山﨑七海)らが奏介たちと絡み合い、音楽を流さないで盆踊りを踊る「静か踊り」の祭りがあるかと思えば、老人ホームのケアマネジャーが入居者に「かえるの合唱」を歌わせるなど、ほら、何のストーリーやらさっぱりわからない。

 原作は漫画家の三好銀が2008年から2012年にかけて発表したコミックシリーズで、映画を見た後に国立国会図書館に行って閲覧してみたが、雰囲気はまさに映画通り、というか、コミックのとぼけた空気感をそのまま映画にしたという感じだ。むしろ映像にするには、奏介が手がける造形物や人魚の模型、テルオが作った老人に変装するマスクなど具体的なビジュアルが必要で、よくこんなに現実とも想像ともつかぬアートの要素を、まるで不自然さを感じさせずに再現したものだと感心する。部屋から脱出するための「穴」なんて、二次元の漫画で描けば何てことはなくても、三次元の映像で表現するのはなかなかの力業だろう。

 と言って、決して見かけだけの映画になっていないというところに横浜監督のすごみを感じる。大人たちが金のためや保身のためにアートを利用しているように思えるのに対して、奏介ら子どもたちはひたすら純粋にアートに取り組む。何のために創作しているのかは一切説明されないし、でもそれこそがアートの神髄だと言わんばかりだ。

 同時にこの映画自体、何ら余計な説明を加えることなく、ただごろんとあくまで映像として提示する。画面サイズも横幅の狭いスタンダードだし、ザラっとした質感はまさに映画というアート表現の原点に立ち返っていると言えるだろう。興行収入や配信などの二次展開といった銭金勘定ばかりを優先して、わかりやすい映画、泣ける映画に走りがちな大人の計算に対して、これこそが映画の神髄だという気概を見せているような気がした。

 加えて主役を演じた原田琥之佑は、あの名優、原田芳雄の孫だという。祖父は商業映画やテレビドラマでおなじみの存在になっても、単館のアート系や自主制作など規模を選ばずにさまざまな映画に出演し、原田芳雄ならではの役を生きていた。2011年に亡くなるちょっと前には、横浜監督の出世作「ウルトラミラクルラブストーリー」で医者の役を楽しそうに演じていたし、こうやって祖父から孫へ、同じ監督の目を通して映画の神髄が受け継がれていくというのも、何とも感慨深いものがある。(藤井克郎)

 2025年8月29日(金)から、東京・ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーなど全国で公開。

©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会

横浜聡子監督「海辺へ行く道」から。中学生の奏介(右、原田琥之佑)らのアートな日々が描かれる ©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会

横浜聡子監督「海辺へ行く道」から。中学生の奏介(原田琥之佑)らのアートな日々が描かれる ©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会