「TOUCH/タッチ」バルタザール・コルマウクル監督
日本を舞台にした外国映画と言うと、一昔前までは日本文化の理解度が足りず、噴飯ものと評された作品も少なからずある。サミュエル・フラー監督の「東京暗黒街 竹の家」(1955年)なんて、戦後間もなくの浅草や銀座の雑踏がワイド画面のシネマスコープで鮮やかに切り取られているなど、映像記録としても価値の高い良作だと思うんだけど、日本家屋の描写が変だと当時は国辱映画のレッテルを貼られていたらしい。
そこへ行くと、最近はかなり緻密に考証している感じがする。12月に公開されたばかりのフランス、ドイツ、スイス、日本合作「不思議の国のシドニ」(2023年、エリーズ・ジラール監督)などは、いかにも外国旅行者が見た日本という風情と同時に、溝口健二や谷崎潤一郎などの作品世界が絶妙に取り込まれていて、作り手の日本文化に対する尊敬の念が伝わってきた。
北欧アイスランド出身のバルタザール・コルマウクル監督が、同郷の作家、オラフ・オラフソンの小説を原作に映画化した「TOUCH/タッチ」も、日本のことを相当に調べ上げたことがうかがわれて、不自然なところが全くないどころか、改めて日本の魅力にも気づかせてくれる素敵な作品に仕上がっていた。
主人公はアイスランドでレストランを営むクリストファー(エギル・オラフソン)。妻には先立たれ、初期の認知症の診断を受けた彼は、医者から「何かやり残したことはないか」と問われ、およそ50年前の出会いと別れを思い出す。1969年、ロンドンの大学生だったクリストファー(パルミ・コルマウクル)は学生運動に嫌気が差し、大学を中退して日本食のレストランでアルバイトを始める。日本人スタッフしかいないその「ニッポン」というお店には、オーナーの高橋(本木雅弘)の娘、ミコ(Kōki,)が手伝いに来ていた。
ちょうど新型コロナウイルスの世界的な流行が始まったころで、老いたクリストファーは娘の心配をよそに、一人でロンドンに向けて旅立つ。徐々に記憶が薄れていく不安を抱えながら、果たして50年前にやり残したことを成就できるのか。という謎をはらんだ展開が、2020年と1969年を行きつ戻りつしながら、じっくりと丁寧に紡がれる。
若きクリストファーはミコと恋に落ちるのだが、この1969年のロンドンの日本料理店という設定がなかなか渋い。訪れる客はほとんどが日本人の駐在員で、会話もクリストファーとの絡み以外は日本語だし、板前の包丁さばきにも全く違和感はない。でも絶対にここは日本ではないし、しかも現代でもないという空気感が、画面のそこかしこから漂ってくる。
美術や衣装の色使いなんかも本当によく再現しているんだけど、何と言っても役者に追うところが大きい。アイスランド人というイギリスではよそ者の立場で、やはりよそ者の日本人と接するクリストファーのフラットな振る舞いを、コルマウクル監督の息子であるパルミ・コルマウクルが実に自然に表現しているし、高橋役の本木雅弘はもとより、ミコを演じたKōki,の作品世界への溶け込み具合は目を見張る。あの木村拓哉と工藤静香の次女で、もともとはモデルとしてデビューしたみたいだが、ここまでお芝居が達者だとは思わなかった。
やがて老クリストファーは、コロナ禍でロックダウン寸前のロンドンから日本へと向かう。やり残した謎解きの結末については映画を見てのお楽しみだが、ここで重要なキーワードになるのが原爆というのが深い。決して物語を転がすための取ってつけたような素材ではなく、初めから原爆を中心に据えた物語だったと思われるし、それが現代のコロナ禍で沸き起こったさまざまな偏見、中傷と巧みにリンクして、現代を生きるわれわれすべての地球人に鋭く問いかける。
だから若きクリストファーが働くレストランはどうしても日本食でなければならなかったし、映画の作り手は徹底的に日本文化を研究する必要があった。コルマウクル監督は「2ガンズ」(2013年)や「ビースト」(2022年)といったハリウッド製の娯楽大作で知られるが、一方でこんな深遠な人間ドラマも手がけているんだね。
日本を題材にしたアイスランド映画と言うと、永瀬正敏が主演した「コールド・フィーバー」(1995年、フリドリック・トール・フリドリクソン監督)が思い浮かぶ。あちらは逆に日本人がアイスランドを旅する話だったが、やっぱり心に染みるとっても深い作品だった。アイスランドも日本も同じ火山の多い島国ということで、精神性で一脈通じるところがあるのかもしれない。(藤井克郎)
2025年1月24日(金)、東京・TOHOシネマズ シャンテなど全国で順次公開。
©2024 RVK Studios
バルタザール・コルマウクル監督のアイスランド、イギリス合作映画「TOUCH/タッチ」から。若きクリストファー(左、パルミ・コルマウクル)は日本人のミコ(Kōki)と恋に落ちるが…… ©2024 RVK Studios
バルタザール・コルマウクル監督のアイスランド、イギリス合作映画「TOUCH/タッチ」から。クリストファー(エギル・オラフソン)にはやり残したことがあった ©2024 RVK Studios