「若き見知らぬ者たち」内山拓也監督
またまた思いっきり悩ましい、でもぜひとも取り上げておきたい映画と出くわしてしまった。恐らく何の前知識もなく見るからこそ得られる感動と衝撃がめちゃくちゃ強烈な作品で、よくぞこんな構成と語り口を思いついたもんだと感心すると同時に、はてさて一体どうやって書けばその感動と衝撃を伝えることができるのか。
「若き見知らぬ者たち」は、1992年生まれの内山拓也監督による初の商業映画だ。内山監督は文化服装学院に進み、スタイリストとして活動した後、映画の道を志したという異色の経歴の持ち主で、23歳で初監督した「ヴァニタス」(2016年)がPFFアワードの観客賞を獲得するなど高い評価を受ける。さらに長編第1作の「佐々木、イン、マイマイン」(2020年)では新藤兼人賞やヨコハマ映画祭新人監督賞に輝いたほか、ミュージックビデオや広告映像など幅広く手がけているらしい。
そんな注目の異端児が、フランス、韓国、香港の出資も受けて手がけた「若き見知らぬ者たち」は、言わば映画の常識と思っていたものがひっくり返されるような驚嘆すべき作品だった。まず登場人物の人間関係が定かではない。進行していくうちに、恐らくそうなんだろうな、というのが徐々にわかってくる程度で、せりふではっきりと説明されるわけではない。彼らが抱えている悩みや葛藤もだんだんと明らかになっていく感じで、一つ一つ氷解するたびに、ああ、だからあの場面はあんなだったんだ、と後付けで納得する。さらには主人公が……、いやいや、もうこれ以上は何も語るまい。
とは言え、それだけじゃどんな映画なのかさっぱりだろうし、とにかく面白いから見てください、では無責任過ぎる。一応、ストーリーらしきものをちらっと紹介すると、彩人と壮平の兄弟は重い病気の母親の介護と亡き父親が残した借金に苦しみながら、それでも何とか前を向いて暮らしている。彩人は、両親が若かりしころに夢を抱いて開店したカラオケバーを守ろうとし、一方の壮平は総合格闘技のチャンピオンになることに希望を見いだそうとしていた。だがある夜、親友の結婚パーティーに出席するため、いつもよりも早くカラオケバーを閉めようとした彩人の身に、思わぬ事態が巻き起こる。
出演は磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔大、染谷将太、滝藤賢一、豊原功補、霧島れいかと、それぞれが持ち味を発揮して切なくもいとおしい人生模様が浮かび上がってくる。人間関係がよくわからないと書いたが、そんな中でも互いを思いやる気持ち、抑え切れない心の痛みなどが巧みに表現されていて、胸にぐっと迫ってくる。中でも我慢に我慢を重ねる磯村と、肉体を極限までに鍛え上げた福山に加え、母親役を演じた霧島のちょっと驚くような熱演ぶりには圧倒されること間違いなしだ。
これら俳優、演出のすごみに輪をかけて、美術や撮影の創意工夫が素晴らしい。一家のダイニングキッチンの乱雑さ、汚さは目を見張るばかりだし、他方、街路をランニングする壮平の姿を俯瞰で遠くまで見晴るかす構図の見事さと言ったらない。極め付きは総合格闘技の試合の場面で、大勢の観客がリングサイドを埋め尽くす中、ノーカットでカメラを縦横無尽に走らせて、まごうかたなき闘いの迫力をすくい取る。ヤングケアラーや警察権力の濫用といった社会派の側面も盛り込んでいて、相当な欲張りというか、作り手が一丸となった志の高さが見て取れる。それを海外との合作でこなしてしまうんだから、まだまだ若い内山監督の胆力には恐れ入るばかりだ。
かなり誇張はしているし、何か社会に対して訴えたいわけではないのかもしれない。だが作劇のセオリーを超越した語り口も含め、息の詰まるような今の世の中を、歯を食いしばって生きていかなくてはならない若者の思いをぶちまけたらこういう映画になった、という気がする。のっぴきならない事件が起こっているのに謎解きのスリルに向かわないのも衝撃だし、それでもどきどきわくわく感が止まらないなんて、とてつもない才能が現れたものだ。(藤井克郎)
2024年10月11日(金)から東京・新宿ピカデリーなど全国で公開。
©2024 The Young Strangers Film Partners
内山拓也監督のフランス、韓国、香港、日本合作「若き見知らぬ者たち」から。息の詰まるような今の世の中を生きる若者の思いが疾走する ©2024 The Young Strangers Film Partners
内山拓也監督のフランス、韓国、香港、日本合作「若き見知らぬ者たち」から。彩人(左、磯村勇斗)と壮平(福山翔大)の兄弟は…… ©2024 The Young Strangers Film Partners