「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」小林啓一監督

 新聞記者稼業から離れて早5年がたった。大層なスクープをものにしたことなんて一度もなかったし、社会正義とは程遠い仕事ばかりだったけど、34年もの間、ほぼ現場の第一線で続けられたことは、それなりに満足に思っている。いまだに夢の中では会社に席があって、上司から「お前、いつまで居座っているんだ」って言われているんだよね。

 映画やドラマでも新聞記者が出てくると、ついつい肩入れしたくなってしまうが、「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」の主人公は、新米記者と言っても新聞社の社員ではなく、高校の新聞部の新入部員だ。ジャンル的に言うとミステリー仕立ての青春コメディーで、映画は初出演となる櫻坂46の藤吉夏鈴が主役を務めるほか、髙石あかり、久間田琳加、中井友望といった若手有望株が高校生役として出演する。なあんだ、いわゆる学園ものね、と侮りがちだが、いやいや、これがとんでもない。報道の在り方にまで踏み込むなど、社会派をうたった硬派な作品顔負けの骨太なテーマに貫かれていて、小林啓一監督をはじめとした作り手の気概をひしひしと感じた次第だ。

 主人公の所結衣(藤吉夏鈴)は文学大好き少女で、憧れの高校生作家「緑町このは」が在籍していると言われる名門、櫻葉学園高校に入学する。さっそく文芸部への入部を希望するが、部長の西園寺茉莉(久間田琳加)は誰も正体を知らない「緑町このは」を見つけ出せば入部を許可するという条件を突きつける。学園非公認の学校新聞が「このは」にインタビューをしていたことを知った結衣は、新聞部に潜入して何とか「このは」の存在を突き止めようと考えるが……。

 細々と活動している小所帯の新聞部に大歓迎された結衣は、部長の杉原かさね(髙石あかり)に「トロッ子」と揶揄されながらも懸命に取材のいろはを覚えていく。というのが大まかなストーリーだが、ここから学園を覆う闇の陰謀にまで話が膨らんでいくという展開が娯楽の要素てんこ盛りで、もうわくわくのしっ放しだった。ちなみに「トロッ子」とは、トロッコが汽車とは呼べない中途半端な存在であることから、まだまだ記者(汽車)として一人前ではない見習いのことを指す新聞業界用語から取っているらしい。と言っても現在ではほとんど使われていない言葉だそうで、確かに新聞社在籍中、当方も耳にしたことはなかったなあ。

 学園ものと言うと今どきは漫画原作がほとんどだが、珍しくオリジナルで編み出された作品というのが、まずもって志の高さを物語る。日本大学芸術学部の学生だった宮川彰太郎の原案が非常勤講師を務めていた直井卓俊プロデューサーの目に留まり、「ウルフなシッシー」(2017年)などの大野大輔監督が脚本を担当。「ももいろそらを」(2011年)、「ぼんとリンちゃん」(2014年)など個性あふれる青春もので高評価を受けてきた小林監督がメガホンを取った。

 このストーリー構成が抜群に面白い。主人公の結衣は「このは」の正体を探るべく新聞部に潜入したいわばスパイで、当初は文芸部の部長に何とか信頼されたいという思いが強く、新聞部の活動に関してはそれほど身が入っていない。だが部長の杉原かさねや副部長の恩田春菜(中井友望)の厳しい指導に加え、印刷所の所長(石倉三郎)らの励ましなどもあって、徐々に記者としての自覚が芽生えていく。

 このいわば青春ものの常道とも言える若者の成長譚をメインに、「このは」とは誰なのかという謎を巡るミステリー、学園にはびこる巨悪に迫るサスペンス、さらに敵味方が目まぐるしく入れ替わるどんでん返しの妙味も加わって、娯楽映画の醍醐味がテンポよく転がっていく。トロッ子ならぬドジっ子ならではのコメディー要素もふんだんで、この巧みな作劇術にはうなるしかない。

 かてて加えて社会性もきっちりと押さえている。新聞部長のかさねはあるジャーナリストの本に心酔していて、そこに載っている文言がジャーナリズムの神髄をついていてめちゃくちゃかっこいい。「自分の栄誉のために書くのではなく、飽くなき探求心こそが原動力だ」といったニュアンスで、いやあ、ホントにそうあるべきだよなあと、文筆業のはしくれとしては身につまされることしきりだ。結衣が全校生徒を前に「真実のために闘い続ける」と啖呵を切る場面は、現在のふがいないマスメディアに対する痛烈な皮肉のような気がした。

 権力におもねらない報道の在り方について大上段から振りかざすのではなく、このように若者に受け入れられやすい学園ものの体裁で描くというのは実にうまいやり方で、映画人としての気骨が痛烈に伝わってくる。結衣役の藤吉はじめ、生きのいい若手俳優陣も含蓄のあるせりふで深みのある役柄を巧みに表現していて、制作側の意図が全員に浸透していることがうかがえる。この映画を見て新聞部、いや新聞記者を目指そうという若者がどっと出てくるといいよね。

 小林監督には過去に二度インタビューをしているが、気さくで腰が低いながらもしっかりとした信念を持っている映画人という印象がある。2017年6月に「逆光の頃」(2017年)で取材したときは「何か新しいものというか、ちょっと驚かせるようなことはしていきたいなとは思っています」と語っていた。学園ものの形を借りた社会派エンターテインメントの次は、さてどんな驚きをもたらしてくれるのか、ますます期待が膨らむ。(藤井克郎)

 2024年8月9日(金)から、東京・テアトル新宿、グランドシネマサンシャイン池袋など全国で順次公開。

©2024「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」製作委員会

小林啓一監督「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」から。新聞部に入部した結衣(右端、藤吉夏鈴)は、学園の闇を探ることになるが…… ©2024「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」製作委員会

小林啓一監督「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」から。新聞部に入部した結衣(藤吉夏鈴)は、学園の闇を探ることになるが…… ©2024「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」製作委員会