「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」グレッグ・バーランティ監督

 アポロ11号が月面に着陸したときのテレビ中継は、小学校のクラス全員で一緒に見たような気がする。記録をひもとくと、NHKは12時間にわたって衛星生中継で放送し、日本時間で1969年7月21日月曜日の午前11時56分にニール・アームストロング船長が月に降り立ち、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」との名言を発したようだ。とすると、当方は石川県金沢市立味噌蔵町小学校の3年3組だったことになる。夏休みに入る直前、進取の気風に富んだ若い担任の南堀先生だったら、みんなで月面着陸の瞬間を見ようとなってもおかしくはない。

 もっともテレビを見たという記憶はあっても、そのときの細かい情景はさっぱり思い出せない。興奮してみんなで大騒ぎをしたのか、こんなものかとがっかりしたのか、その辺りは全くあやふやで、リアルタイムで見た甲斐がないというか、まあはっきり言ってあんまり興味がなかったんだろうね。

 アームストロング船長が宇宙船からはしごをつたってゆっくりと降りていく不鮮明な映像は、その後も歴史的瞬間として何度も目にしているけれど、実はアポロ11号は月に行っておらず、地上で撮影されたフェイクだったという話は、当時からまことしやかに流布していたらしい。宇宙開発競争でしのぎを削っていたソ連が噂を流しただの、「2001年宇宙の旅」(1968年)のスタンリー・キューブリック監督に依頼しただの、種々雑多な尾ひれがついて、設定を火星に置き換えた「カプリコン・1」(1977年、ピーター・ハイアムズ監督)など、この都市伝説をモチーフにした映画も数多く作られた。

 ハリウッドの新作「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」も、アポロ11号の史実にこのフェイク映像の真偽を巧みに織り込んだ作品ながら、宇宙開発への愛と敬意をぎっしりと詰め込んださわやかな娯楽大作に仕上がっている。

 1969年、有人宇宙飛行でソ連に先を越されたアメリカは、国の威信を懸けて人類初の月面着陸を目指すアポロ計画を推し進めていた。だが予算がどんどん膨らんでいるにもかかわらず、泥沼化するベトナム戦争の影響もあって国民の関心は薄れるばかり。そこでニクソン大統領に仕えるモー(ウディ・ハレルソン)が目をつけたのが、ニューヨークで活躍する㏚マーケティングの第一人者、ケリー(スカーレット・ヨハンソン)だった。NASA(アメリカ航空宇宙局)に送り込まれたケリーは、手段を選ばない強引なやり方で、打ち上げが迫るアポロ11号をアピールしていくが、NASAのたたき上げで発射責任者のコール(チャニング・テイタム)は、その手法に反感を覚える。やがてロケットは無事に打ち上げられ、順調に月に向かっていると思われたが……。

 フェイク映像がこれにどう絡んでくるかは映画を見てのお楽しみだが、「フリー・ガイ」(2021年、ショーン・レヴィ監督)などの製作でも知られるグレッグ・バーランティ監督は、史実とフィクションを絶妙に噛み合わせて、笑いあり、涙あり、陰謀ありの骨太な成功物語に仕上げた。

 中でも感心したのは、この手のスペクタクル大作ではおざなりにされがちな人間ドラマをしっかりと構築していることだ。NASAのコールは宇宙飛行士候補だったが、火災で飛行士3人が死亡したアポロ1号のトラウマを抱える一方、ケリーは貧しい家の育ちで、あらゆるセールスを詐欺まがいの方法でこなし、のし上がってきたという過去を持つ。それぞれの苦悩に、多くの犠牲を伴ってきた宇宙開発の歴史、冷戦下の世界情勢やベトナム反戦といった当時の世相が加味されて、物語は重層的に推移する。もちろんVFXも駆使しているんだろうけど、フロリダ州ケープカナベラルでの発射風景などかなり大がかりなロケを敢行しているようで、大いに見応えがある。

 ハリウッドお定まりの恋愛話に安易に持っていかないというのもすがすがしいし、さらに言えばテーマが壮大で夢いっぱいなのに、オチがめちゃくちゃしょぼいというのが何ともいかしている。フランク・シナトラでおなじみのスタンダードナンバーと同じタイトルにもかかわらず、曲が登場するのはほんの一瞬というのも、作り手の謙虚なオマージュが感じられてすてきだ。

 作品の配給は、2024年がスタジオ創立100周年となるコロンビア・ピクチャーズのソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが手がけている。ハリウッドの娯楽大作というと最近はシリーズものや続編ばかりで、一話完結の本格派にはなかなかお目にかかれないが、今後もこういう肩の凝らない良作に出合えることを期待したい。(藤井克郎)

 2024年7月19日(金)、全国公開。

グレッグ・バーランティ監督のアメリカ映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」から。マーケティングのプロ、ケリー(左、スカーレット・ヨハンソン)とNASAの発射責任者のコール(チャニング・テイタム)は衝突を繰り返すが……

グレッグ・バーランティ監督のアメリカ映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」から。アポロ11号が月に向かって飛行する中、ある計画がひそかに進められていた