「プロミスト・ランド」飯島将史監督

 映画は総合芸術と言われるけれど、脚光を浴びるのはどうしても監督と出演者に偏ってしまう。後は脚本と撮影が多少、話題に上る程度で、その他のスタッフとなるとほとんどの人は気にも留めないのではないだろうか。

 美術監督で表に出てくるなんて本当に限られるが、そんな一人に原田満生さんがいる。実は原田さんには1999年1月、33歳のときに初めて取材でお会いしている。美術助手から「不夜城」(1998年、リー・チーガイ監督)などのセットデザイナーを経て、「愚か者 傷だらけの天使」(1998年、阪本順治監督)で一本立ちしたばかりのころだったが、映画の話ではなく、映画館に関する取材だった。前年の1988年暮れに東京・下北沢にシネマ下北沢というミニシアターがオープンし、代表として腕を振るっていたのが原田さんだった。

 同じ美術の金勝浩一さん、衣装の宮本まさ江さんと3人で始めたシネマ下北沢は、木製の扉に板張りの床というまるで映画セットのようなしゃれた空間で、屋根裏に設けられたオープンカフェでは、夕焼けをバックに優雅にコーヒーを楽しむことができた。上映作品も、アート系の新作封切りに鈴木清順特集や原田芳雄特集といった企画上映など多彩なラインアップで、時代を先取りするような映画館だった気がする。

「自分たちが作りたい映画をかける場所が欲しかったのと同時に、観客の思いや意識を知りたいという気持ちもあった。作り手と受け手の距離を近づけるには劇場が一番ですからね」と熱く語っていた原田さんだったが、やがて経営母体が変わってシネマアートン下北沢となり、2008年に惜しまれつつ閉館している。

 原田さんはその後、本職の美術監督としても「ざわざわ下北沢」(2000年、市川準監督)、「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(2007年、松岡錠司監督)、「許されざる者」(2013年、李相日監督)など、多種多様な作品で実力を発揮してきた。「バンクーバーの朝日」(2014年、石井裕也監督)では撮影現場を取材しているが、栃木県内の広大な敷地に野球場から日系人街、白人街と戦前のバンクーバーの街並みを再現。「全ての世界観を一つの舞台の中に集約させるのは、大変と言えば大変だった」と語ってくれた。

 そんな超多忙な原田さんが、またまた映画界を活性化させる貴重なプロジェクトに取り組んでいる。世界の自然科学研究者と連携して、さまざまな「良い日」に生きる人々の物語を映画で伝える「YOIHI PROJECT」を発起人として推進。すでに第1弾として昨年2023年には江戸末期を時代背景とした「せかいのおきく」(2023年、阪本順治監督)が公開され、キネマ旬報ベスト・テンの第1位に輝くなど高い評価を受けている。

 その第2弾が、1983年に発表された飯嶋和一の同名小説を原作にした「プロミスト・ランド」だ。阪本順治監督の下で修業を積んだ飯島将史監督の初の商業映画で、東北の雪深い山奥を舞台に、熊撃ちに生きる若いマタギの意地と覚悟を、これ以上なく激烈で、でも極めて静謐な映像で紡いでいる。

 物語の舞台はマタギの伝統を受け継ぐ山あいの町。家の仕事を手伝って鶏の世話などをしている二十歳の信行(杉田雷麟)は特に将来の夢があるわけでもなく、流されるままに日々を過ごしていた。

 そんなある日、この町に一大事が巻き起こる。熊の頭数が減っていることを理由に、環境庁から今年の熊撃ちは禁止する通達が出たのだ。親方の下山(小林薫)をはじめ、命令を受け入れる決定を下すが、血気盛んな礼二郎(寛一郎)だけは熊撃ちをやめるわけにはいかないと息巻く。決定には従わざるを得ないと主張する信行を無理やり引き連れ、猟銃を背に2人だけで根雪が残る山の奥深くへと分け入るが……。

 驚くのは、約1時間半の上映時間の大半を2人が熊を探す山歩きに割いていることだ。ほとんど言葉も交わさず、だんだん深くなっていく雪道をひたすら歩き続ける。途中、川が流れているところを膝まで水に浸かって渡る場面もあれば、ロングで捉えた画面の左から右まで横断する長回しのショットもあるなど、どんよりとした曇り空の林の中をただただ歩く。山の奥深くになるに従って傾斜は徐々にきつくなり、2人の息も荒くなる。熊を追い立てる役目の信行は、最後にはほぼ垂直とも思える急斜面をよじ登るようにして進まねばならず、重い猟銃を背にはぁはぁと実に苦しそうだ。

 だが、この永遠に続きそうに思える情景から、なぜか一時も目を離せない。それは恐らく、杉田雷麟と寛一郎という2人の表現者の役を超えたすごみがひしひしと感じられるからだろう。寛一郎が演じる礼二郎がマタギでしか自分のアイデンティティーを確認できないのに対し、杉田の信行は、本当はこんな山の中で生きていきたくないと思っている。その温度差、心情の微妙なずれが、ただ雪山を必死に歩くだけの2人の表情、しぐさからにじみ出てきて、時間を忘れるほど画面に没入してしまうのだ。2人ともまだ若いのに、とんでもない役者魂だなと恐れ入る。

 その驚異に拍車をかけるのが、2人が踏み入る雪山の風景だ。特に風光明媚なわけではなく、日本中どこでも見受けられるような雑木林が続く山で、足がすくむような切り立った崖が相次ぐわけでもない。それでも自然というのはこんなにも過酷で、その自然と折り合いをつけながら古来、人々は生きてきたのだということが伝わってくるのは、飯島監督はじめ撮影スタッフの丁寧かつ大胆な仕事の賜物だろう。恐らく必要最小限の人数で、手つかずの山の一日の表情を、役者の動きを絡めて写し撮る。ここにはマタギという時代に取り残された、でも日本ならではの自然に根差した生き方が、さらには伝統を担っていく生の力、土地の力がそのまま映像として映り込んでいて、だからこその圧倒的な訴求力なのだろうと感じ入った。

 ここに描かれている一日が「良い日」なのかどうかは何とも言えないけれど、第1弾の「せかいのおきく」に続いて、確実に日本映画の底力を見せてくれたことは間違いない。(藤井克郎)

 2024年6月29日(土)、東京・渋谷のユーロスペースなど全国で順次公開。

©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

飯島将史監督「プロミスト・ランド」から。熊撃ちが禁止された中、礼二郎(右、寛一郎)と信行(杉田雷麟)は猟銃を手に残雪の山へ分け入る ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

飯島将史監督「プロミスト・ランド」から。残雪の山奥で2人は果たして熊を仕留められるのか ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA