「毒娘」内藤瑛亮監督
恐らくジャンルで言ったら紛れもなくホラーということになるのだろう。でもさすがは「先生を流産させる会」(2011年)や「許された子どもたち」(2020年)など少年少女の気持ちに寄り添った問題作を世に送り出してきた内藤瑛亮監督だけのことはある。思春期特有の心の揺れに加えて、家父長制からの女性の自立という今日的なテーマを家族の問題に巧みに絡ませて、おどろおどろしいけれど深く余韻が残る第一級の社会派娯楽作に昇華させていた。
まずもって複雑に絡み合ったストーリーといい、ちょっと度肝を抜かれるような恐怖の正体といい、内藤監督が全くのオリジナルで編み出したということに驚かされる。きっかけは、あるネット記事の見出しにあった「扉を開けるとうつぶせの娘の上に馬乗りになったKちゃんが笑っていました」という一文だった。ここからKちゃんならぬ「ちーちゃん」という全身を赤で固めた少女のキャラクターを生み出し、ある家庭が崩壊していくまでの物語を強烈なインパクトのある映像で構築していったのだから、内藤監督の感性、創造性の豊かさにはあっけに取られるしかない。
郊外の住宅街にたたずむ中古の一戸建てに家族で越してきた萩乃は、夫と娘の萌花と3人で温かい家庭を築くことを夢見ていた。だが萌花の実母である夫の前妻はいわくありげな死を遂げており、思春期真っ盛りの萌花への対応には苦慮していた。
そんなある日、外出中の萩乃に萌花から切迫した電話がかかってくる。「ショートケーキとコーラ、買ってきて」とわめき叫ぶ継子の声を耳にして慌てて帰宅した萩乃が目にしたのは、横たわる萌花の上に馬なりになって大きなはさみを振りかざす長い髪の少女の姿だった。萩乃役を佐津川愛美が演じているほか、植原星空、伊礼姫奈、竹財輝之助らが共演している。
この真っ赤な服に身を包んだ「ちーちゃん」なる不気味な少女とは何なのか。神出鬼没に現れる「ちーちゃん」の描写はまさにJホラーの典型的なパターンで、大いに恐怖心をあおる一方、萌花の実母の死の謎に思春期ならではの不安定な感情、さらに権威を振りかざす父親の独善的な態度も相まって、物語は社会性、娯楽性が絡み合う複層的な厚みで推移する。単純に「怖い~っ」だけではないのだ。
さらに核となるのが、どちらかというと傍観者のようなポジションに見える萩乃の変化だ。最初は幸せな家庭を夢見て何とか夫と萌花の中に溶け込もうとけなげに振る舞うが、「ちーちゃん」の出現で心穏やかにはいられなくなる。しかも結婚前に培ったデザイナーの仕事の打診を受けるも夫からは子づくりを強要され、生きがいを見いだせない。それも家族のためと思い、耐えに耐え抜くものの最後には、という部分は令和の今の時代に即したテーマ性で、単なるホラーの範疇をはるかに超越している。
また萩乃を演じる佐津川がいい味を醸しているんだよね。序盤から前半にかけては、愛する夫のためにただおとなしく尽くすだけのひ弱さを表に出しつつ、でも芯の強さは内に秘めたまま最後の大解放につながっていく。佐津川と言えば、2022年に公開予定だった主演映画「蜜月」が榊英雄監督の性的暴行問題でお蔵入りになる不運に見舞われたが、あの作品に匹敵するすさまじい演技を見せてくれて、改めて大した役者だなと感じ入った。
それにしてもこれだけ振れ幅の大きい要素を混乱することなく巧みに織り交ぜ、しかも怖さも目いっぱい盛り込むという内藤監督の手腕には驚嘆するばかりだ。内藤監督には2016年に、やはりホラーテイストの「ドロメ 女子篇」「ドロメ 男子篇」2部作でインタビュー取材をしているが、10代から20代前半でJホラーの全盛期を体験し、「それがいかにすごいことだったかを肌で感じているからこそ、同じような表現を繰り返してもつまらない」と、笑いの要素を組み入れたことを打ち明けてくれた。
今回の「毒娘」ではホラーに女性の生き方を組み込んだわけだが、男の当方が見てもすっきりさわやかな気分になるくらいだから、女性はもっと溜飲が下がるかもね。(藤井克郎)
2024年4月5日(金)から、東京・新宿バルト9など全国で公開。
©『毒娘』製作委員会2024
内藤瑛亮監督作品「毒娘」から ©『毒娘』製作委員会2024
内藤瑛亮監督作品「毒娘」から ©『毒娘』製作委員会2024